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 差が詰まっている。残り四周のS字で、俺は優貴の異変を感じ取った。予想外に高い路面温度でタイヤが限界を迎えているのか、明らかにバンク角が浅くなっていた。ブレーキングも僅かだが甘くなっている。突っ込めない分を立ち上がりで稼ごうとしているが、リアタイヤがスライドして加速が鈍い。中盤の逃げが祟ったようで、おそらくコンマ五秒は落ちているはずだ。  逸る気持ちを抑えた。この周回を我慢して、残り三周で勝負する。勝機はに隠し持っていた。  メインストレート。サインボードにはGOの文字。 優貴のスリップに潜り込む。1コーナー手前、ラインを変えて防戦する優貴のインに、マシンを強引にねじ込んだ。右に寄せてくる優貴を押し返しながら、俺はを解き放つ。ここまで、優貴に悟られないよう必死に誤魔化しながら、パワーバンドのピーク三百回転を使わず追っていた。  S字をリズミカルに切り返し、上りのダンロップを全開で立ち上がる。ヘアピンまでに約一秒を稼いだ。これだけ離せば、スリップに入られる恐れは無い。  労わり続けてきたタイヤにも、余力が残っている。  一度でいい、世界GPを走りたい。二十八年間、ずっと思ってきた。世界に羽ばたいていったライバルを見て、マシンが一緒なら俺の方が速いと僻んだことは一度や二度ではない。自分の置かれた環境のせいにもした。いつの間にか、走っていても楽しくなくなっていた。  だが、もうそんなことはどうでもよくなっている。体を丸め、カウルに潜り込んだ姿勢から見える時速二百三十キロのアスファルト。フルバンクで一本しかないラインに乗せてスライドするカタルシス。全ては自分の手の中にあったのだ。  もっと、誰よりも速く。俺の目の前には今、が広がっている。  ただ一人二分十七秒台に入れる驚異的な最速ラップを叩き出し、ファイナルラップに突入した。1コーナーにほぼ全開で入ると、バンクさせたまま強引に減速しながらシフトダウンし、2コーナーへカットイン。旋回スピードに悲鳴を上げたリアタイヤがスライドしたが、躊躇いはない。俺はまだ行ける。  もっと速く。S字に向かってアクセルを開けた直後、グリップを取り戻したマシンがのたうつように跳ね上がった。  ハイサイド。時速百五十キロで宙に舞う。 肩からグラベルに叩きつけられた。骨の折れる音が脳に響く。息ができないまま転がる俺を追うように、マシンが襲い掛かってきた。 「父さん!」 優貴の声が微かに聞こえる。俺を押しつぶしているマシンを引き起こそうとしていた。転倒した俺を見て、マシンを止めて助けに来たようだ。 (何やってんだ。さっさと走ってゴールしろ)声が出ない。起き上がろうとしたが、体が動かなかった。 「頭を動かさないで!」  北山にはすまないと思ったが、百パーセントの自分を息子に見せられたことに、俺は小さな満足を覚えていた。 お前のオヤジは、結構速いんだぜ。
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