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8
目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。
体を固定され、点滴と酸素吸入のチューブが繋がっている。
「お前はバカか」
北山が泣き笑いで言った。
「すまない」
「俺はいいから、優貴と優衣さんに謝れ」
目だけ動かして二人を見た。
「脊椎の圧迫骨折に、鎖骨と肋骨の骨折。それに肺挫傷。全治半年だって。来シーズンは乗れないね」
他人事のような優貴。
「加減てものを知らない阿呆を乗せるチームがあるわけないわ」
夫と息子をレースに送り出すほど胆の座った優衣も、今回は呆れている。
「勝てばチャンピオンだったんだ」
言い訳のように言うと、北山が「ほれ」とトロフィーを見せた。
『MFJロードレース全日本選手権第9戦 J-GP3優勝 雨宮虎貴』
台座のプレートに刻まれた文字。
「どういうことだ?」
俺は転倒リタイヤのはずだ。
「父さんが派手に転んだせいで、赤旗が出てそのまま打ち切りになったんだ。レギュレーションで、前の周の順位が最終結果だよ」
優貴が不満そうに言った。
「じゃあ来季のモト3は?」
チャンピオンになれば、優貴はホンダからモト3に参戦できただろう。
「もう一年全日本でどうだってさ。まあ、父さんがあのまま走り切れば、どっちみち駄目だったけどね」
あっけらかんとしている優貴に、言葉が出ない。
「だから、優貴はKTMに移籍して、来季はモト3を走ってもらうことになった。視察に来ていた役員に見初められてね」
北山が契約書をひらひらさせた。
優貴が満面の笑みでピースサインをした。
「最後の二ラップ、父さんの背中は忘れないよ」
「優貴……」
「すっ転んでリタイヤしたこともね」
俺を追い越して世界へ羽ばたくライバルが、笑って付け足した。
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