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「お前はバカか」
チーム監督の北村が怒るのも無理は無い。
ロードレース全日本選手権最終戦。
オーストリア製のKTMを走らせる北山のチームからJ-GP3クラスにエントリーしている俺は、ランキング一位の選手と二ポイント差の二位につけている。
圧倒的な勢力を誇るホンダに勝てるチャンスと見た北山は、この最終戦のためだけに新車のワークスマシンを投入してくれた。万全の体制を敷いて、逆転チャンピオンを獲りにいったのだ。
日本市場の視察も兼ねたKTMの役員が見守る中、慣らしが終わったばかりのその新車で向かった最後のアタックラップ。2コーナーでハイサイドを起こして派手に転倒、あっという間に廃車にした。
「すまない」
アクセルを開けすぎたことに、弁解の余地はない。
「一人で勝手なレースをしてんじゃねえよ。俺たちみんなで、一緒に勝つんじゃなかったのか」
北村は足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。
ハイサイド。滑っていたタイヤがグリップを取り戻すことにより、急激にマシンが起き上がるように跳ね上がる危険な現象だ。多くの場合転倒し、放り出されたライダー目がけてマシンがぶつかることも珍しくない。
チャンピオンのためには、ランキング一位のライバルを三ポイント上回る必要があった。優勝すればライバルの結果にかかわらず文句なしにチャンピオンだが、予選で無理をする必要は無いのだ。しかも、既に二番手タイムを記録しており、残り時間から見ても一列目に並ぶのはほぼ間違いなかった。
新車のフレームは使い物にならなくなったが、エンジンだけは生きていたのがせめてもの救いだ。一年間使い回したエンジンでは、ワークスホンダのスリップストリームにさえ入れないかもしれない。
引退と言う言葉が頭をよぎる。レーシングライダーの選手生命は短い。四十歳をとっくに過ぎていながら、全日本でタイトル争いをしていることが異例なのだ。
J-GP3は車両レギュレーション的に世界選手権のモト3クラスと直結しているため、才能ある若手が毎年数多く参戦してくる。一方、モト3クラスは年齢制限が厳しいため、ステップアップ出来ないまま上限年齢に引っ掛かったベテランが、新たな活躍の場を求めて参戦してくるケースも多い。
ライバルを蹴り落として世界へ羽ばたきたい若手と、世界を諦めたが故に簡単に負ける訳にはいかないベテランの、意地とプライドが火花を散らすのがJ-GP3クラスだ。少しでも迷いがあれば、とても戦えない。
北村が怒ったのは、クラッシュへの憤りだけではないと分かっている。誰にも死んだり重傷を負って欲しくないからだ。まして北村と俺は高校の同級生で、三十年近い付き合いがある。北村が俺を無傷で引退させたいと思う気持ちは、痛いほど分かった。
メディカルチェックでは、今日一日の安静を条件に明日の決勝への出走を許可されている。
メカニックやチームクルーに謝ると、逃げるようにピットを後にした。
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