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結局、僕は女の子に死の宣告をすることができなかった。だから、女の子は死ななかったんだ。
死神局が定めた死神法二十二条一項によると、「死の宣告を免れた者を死の国に連れて行くには、改めて死の宣告をしなければならない」とされている。だから、女の子の寿命は最高神がまた改めて決定することになる。その場合、死の宣告は何年後になるだろうか。二十二条二項には「再度の死の宣告は、五十年間はすることができない」とされている。この五十年とは人間の五十年であって、僕たち神にとっては、瞬きするほどの時間だが。
「五十年間」となっているけれど、僕が大学で学んだ「死神法各論」によれば、再度の宣告は、六十年後、七十年後になることが普通だとされている。そうだとすれば、女の子は結婚して家庭を持ち、孫の顔を見れるかもしれない。
死の宣告をしなかった僕は、見事卒業試験を落ちた。でも、不思議と悔しい気持ちは起こらなかった。いや、むしろ安堵すら感じたものだ。
死神にはなれなかった僕は、地方の小さな町の小さな神社に赴任してきた。
神社の境内は静かだった。風が吹いたときには、梢の葉が擦れて、かさかさと静かな音が広がった。
この小さな神社の境内が賑わったのは、一月前の正月三が日で、近所の人たちが初詣に来た時だ。参拝者たちは賽銭箱にお金を入れて願い事を祈った。入試に受かりますように、健康でありますように、彼氏(女)ができますように……とか。
祠の中で願い事を聞いていて、僕は全て叶えてあげようと思ったのだけど、残念ながら僕にそんな力はない。僕にできることと言えば、人間たちの願い事を神様本部審査局に報告することだ。
審査局は人間たちの願い事を審査して、願い事を叶えてあげるかどうかを決める部署だ。願い事をした人の日頃の行いや願い事の必要度などを調べて決めるという。もちろん、毎日膨大な量の願い事が審査局に集まるけれど、人間にとっての「膨大な量」なんて、神にかかれば大した量じゃない。神の処理能力は人間が作ったスーパーコンピューター以上なんだ。
エリートコースから外れたけれど、この小さな神社で働くのは嫌じゃない。時々、祠の床下で休んでいる野良猫をからかったりする。時々、子供たちが走り回っていると、僕も一緒に走ったりする。
この間トウがやって来た。
トウは死神局に入って、毎日忙しく働いていると言った。今は三級死神局員だけど、頑張って早く二級死神局員になるつもりだとも言った。
「ここはのんびりしてるな。俺のいた神社を思い出すよ」
僕と同じように地方の小さな神社の出身だったトウは、祠の縁側に寝転んだ。
祠の床下から出てきた野良猫が、僕の足に体を擦りつけようとして寄ってきた。
「ああ、のんびりしてる。ここ気に入ってるんだ」
僕は足元の猫を見ながら言った。
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