神様大学死神科

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 休日の午後。都心の繁華街は買い物や食事に出かけて来た人たちで賑わっていた。  最上階が映画館になっているショッピングモールから出てきた親子連れがいた。駅に向かって歩いて行く。交差点を渡ろうとしたとき、歩行者信号が赤に変わって、二人は足を出しかけていた横断歩道の手前で立ち止まった。遅れてやって来た人たちも、横断歩道の手前で足止めを食らい、たちまち人の壁ができた。  それを後ろの方から眺めていた僕は、人の壁を通り抜けて親子連れの傍に移動した。  三十代の母親と女の子だった。十歳の女の子――それが僕のターゲットだった。まだ人生が始まったばかりじゃないか。これからやりたいこと、できることがいっぱいあるんじゃないか、と僕は思った。  人の寿命を決めるのは最上級神だ。きっと、その決定には下っ端の神などが窺い知ることのできない深遠な考えがあるのだろう。だから、僕のような一介の学生が、目先の事情に捕らわれて勝手に寿命を変えるなんてできない。 「面白かったね。お父さんも来ればよかったのに」  女の子は母親の顔を見上げて言った。声が弾んでいる。 「急にお祖母ちゃんの家に用事ができたからね。お父さんもミオと一緒に映画行くの楽しみにしてたのにね」母親が優しく言う。「お父さんにお土産買って帰ろうか」 「うん、お父さんが好きなケーキ」 「お父さんはケーキなんかよりお酒だけどね。まあ、お母さんもケーキの方がいいからケーキにしましょ」  母親が笑顔を見せると、女の子も顔いっぱいの笑顔を返した。  信号が変わった。右折を待っていた軽自動車が発進し、交差点の真ん中で右に折れた。その瞬間、金属がぶつかる衝撃音が辺りに響き渡った。赤信号を無視して直進してきた大型のセダンが軽自動車にぶつかったのだ。軽自動車は右折しきれずに進行方向を変えて、信号待ちをしている歩行者目掛けて突っ込んで来た。  目の前に迫ってくる軽自動車を見た歩行者たちは、一斉にその場を離れる動きを取った。  また金属がぶつかる音がした。  軽自動車がガードレールを歪ませて止まっていた。「救急車だ」「百十番だ」「大丈夫か」と言う声が飛び交っている。嗚咽と人の名前を呼ぶ声も聞こえる。  人が数人地面に倒れていた。軽自動車を避け切れなくて、巻き添えを食った人たちだ。あの親子も倒れていた。  女の子の目が開いた。ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。 事故の惨状を見て、顔を顰めた。母親が倒れているのを見て声を上げた。 「お母さん!」 「大丈夫だ、お母さんは死なないよ」  僕は女の子に声を掛けた。 「本当? なぜ分かるの」  女の子は僕を見た。不思議そうな顔をしている。 「それは、僕が死神だからさ」 「死神? 死神って、そんな格好してるの。漫画なんかじゃ、フードの付いたぶかぶかの服着て、大きな鎌持ってるけど」 「それは人間が勝手に考えたんだ。そんな格好してれば怖く見えるからなんだろうね。でも、本当はそんな怖い恰好してないよ」  僕はTシャツの上にジャケットを羽織った、ごく普通の若者の格好をしていた。 「へえ、そうなんだ。本物の死神なんだね。体が透けて見えるから、人間じゃないと思ったけど。でも、なぜ私に死神が見えるのかな」 「君が死んだから――いや、まだ死んじゃいないか。死のうとしてるからだ」 「ふーん」  と言って、女の子は足元に目を遣った。自分の体が地面に横たわっているのを見たのだろう、驚いた顔をして自分の手を見る。 「手が透けて見えるだろう。今僕と話してるのは君の魂だ。あと少しすれば、僕は君を死の国に連れて行かなくちゃならない」 「じゃあ、もうお母さんやお父さんに会えないんだね」 「うん」 「お父さんにケーキのお土産買って帰れないんだね」 「残念だけど」 「ユウナちゃんに借りてた漫画も返せないんだね」女の子は今にも泣きだしそうな顔になった。「なんにもできなくなるんだね」  僕は黙って頷いた。 「死の国に行っても、お母さんやお父さんのこと友達のこと覚えてるのかな」 「だんだん忘れていくだろうな。悲しいことは忘れていくんだよ」  後二分すれば、僕は女の子に死の宣告をして、死の国に連れて行く。マヒル教授が言ったように、確かに荷が重いけれど、一人前の死神になれば、毎日死の宣告を行うようになるんだ。ここで怯むんじゃないぞ。  女の子は母親の元に移動した。膝を地面につけて母親の顔を見ている。最後の別れをしてるんだろうか。  後一分。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。後三十秒。僕は女の子の傍に行く。後十秒、九秒、八……。
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