神様大学死神科

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 神様総合大学は神様を統べる神様本部直属の大学だ。卒業すれば本部の一員として働くことになる、いわゆる神様のエリート養成機関だ。  僕はそこの死神科で学ぶ最終学年の学生だ。規定科目の履修を終えて、後は卒業試験を残すだけだった。  大学のカフェテリアは学生たちの歓談の声であふれていた。もっとも、卒業試験のこの時期には沈んだ声も耳に入るけど。 「よっ、ここにいたか、オオミ」  一人でコーヒーを飲んでいた僕の頭の上で声がした。声を掛けてきたのはトウだった。死神科の同級生だ。コーヒカップを載せたトレイを両手で持って立っている。 「一人か」  僕はトウに尋ねた。 「他の奴らは試験を受けに研究室に行っちまったよ」  トウはテーブルにトレイを載せると向かい側の席に着いた。体を斜めに構えて座り、足を組む。足は通路にはみ出しているので、通路を歩いてきた学生がその足を迷惑そうに避けて通っていく。文句を言うものはいないけど、心の中では、「死神科の学生か……」と舌打ちしてるんだろう。死神科の学生は何かと評判がよくないんだ。  大学には色々な学科があるけれど、福の神科や縁結びの神科などは人気の科だ。当然、競争率も高いので合格するのは難しい。一方、死神科は人気がないから、偏差値は他の学科よりも低かった。だから、本当は他の学科に行きたかったのに、行けなかったから仕方なく入ったという学生が多い。  僕もその内の一人だ。親は地方の小さな神社を任されていて、僕も将来はどこかの地方の小さな神社で働くはずだった。ところが、腕試しと思って受けた神様総合大学の入試に、どういう訳か受かってしまった。小さな神社の神様の卵が、将来は神様本部職員か、と親は喜んだものだ。  ところが、僕のように仕方なく死神科に入ったんじゃなくて、トウは死神を天職と考えて入ってきた。余裕で福の神科に受かるほどの偏差値を持ちながら、わざわざ死神科に入るなんてトウも変わったやつだ。 「お前は受けに行かないのか」  と僕は言った。卒業試験のことを聞いたのだ。  僕たち学生はまだ死神じゃない。一人前の死神になるには卒業試験にパスしなければならない。そうして、大学から死神認定証を発行してもらって、晴れて死神と認められるんだ。 「コーヒー飲んでから行こうと思ってな。卒業試験、楽しみだな」 トウは片頬を歪ませてニヤリと微笑んだ。「俺が死神になったら、無慈悲にどんどん殺してやるよ」と、常から口にしてる変な奴だ。 「お前だけだろ、楽しみにしてるの」  僕はコーヒーを啜っているトウに皮肉っぽく言った。 「そうだろうな。ところで、お前こそまだ試験を受けに行かないのか」 「これからマヒル教授の研究室に行くつもりだ。その前にコーヒー飲んでおこうと思ってな。お前と同じだ」  死神科の卒業試験の課題は担当教官が出す。トウの担当教官はシジミ教授で、僕はマヒル教授だ。  卒業試験の課題は寿命が尽きる人に死の宣告をすることだが、宣告をする相手のプロフィールや宣告場所と時刻などは、担当教官から指示される。僕とトウはこれから教官のいる研究室に行って課題を受け取ることになっているのだ。 「元気ないな。もしかすると、死の宣告するのに怖気づいたか」  トウの指摘は的を射ていた。  死の宣告によってその人の人生は終わる。もっと生きて、もっとやりたいことがあっただろう。もっと、親しい人と過ごしていたかっただろう。なんてことを僕は思ってしまう。  福の神科の卒業試験だとどうだろうか。宝くじに当たりますようにとか、就職試験に受かりますようにとかの願いを叶えてあげるんだろうな。人の喜ぶ顔が見れるなんて素敵だな。 「図星なんだな」  返事もせずに考え込んでいる僕の顔を覗き込むようにして、トウは言った。 「ああ、そうだ。できれば宣告なんてしたくない気持ちだ」  僕は溜息をついた。 「でも、誰かがやらなきゃならない。死神がいなければ、人間界に人が溢れてしまって、大変なことになるだろ」 「分かってる。この仕事は誰かがやらなきゃならないんだ」 「だろう。福の神科の奴らは俺たちのことバカにしてるけど、俺たちの仕事って大切な仕事なんだぞ」  トウは熱っぽく語る。僕もトウの考えに異論はない。 「卒業試験に受かって、俺が死神になったら、無慈悲にどんどん殺してやるよ」 いつもの台詞がトウの口から飛び出した。 「そんなこと言っても、お前が勝手に殺すことなんてできないんだぞ」  僕は釘を刺した。人の寿命を決めるのは最上級の神様で、僕たち下っ端の死神の仕事は、死の宣告をするだけだ。好き勝手に人を殺すことなんてできない。 「そのとおりなんだな。残念ながら」 「ふん、何が残念ながらだ」  半ば呆れながら僕は言った。 「ちょっと、この足、じゃま」  尖った声が、僕たちの会話を中断させた。テーブルの横に人が立っていた。  縁結びの神科のヒミコだ。口をへの字に結んで、怒りの視線を送ってくる。美形の怒り顔はなかなか迫力がある。けれど、怒った顔もまた可愛いのだ。  トウは何か言いかけて口を開いたけれど、何も言うことなく組んでいた足を解いてテーブルの下に行儀よく仕舞った。 「ありがとう」  ヒミコは笑顔で礼を言うと、友人たちを従えて凱旋パレードのように堂々と通路を歩いて行った。うん、笑顔はもちろん可愛い。 「何だ、お前らしくもない。一発かましてやればいいのに」  パレードを見送った僕はトウに意地悪く言ってやった。 「言えるわけないだろ。容姿端麗。学業優秀。品行方正だ。それに、止めは名門の出なんだよな」 「ああ、知ってる。イズモ家一族だろう」 「そうだ。出世は確定的。ゆくゆくは縁結びの神局長か最上級神秘書室長だな。俺たちを監督する立場だ」 「確かに。触らぬ縁結びの神に祟りなしということか」 「ぼちぼち行くとするか」  トウが立ち上がる。
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