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翌日の夕方、なんだか午後から体が重くて、部活を休んだ瞬は晃平にそれを伝えるため生徒会室を目指していた。
ラインで伝えることも出来たのだが、やっぱり顔が見たかったのだ。
しかし階段を上ろうにも、くらくらしてまともに歩けない。自分でも、体温が高いことが分かった。
やっとの思いで生徒会室のある四階へたどり着いた、その時だった。急に大きな眩暈がして、瞬の体が後ろに傾ぐ。そこはたった今上ってきた階段だ。落ちたら怪我は避けられないだろう。それでも自分の体を支えることが出来ず、瞬はそのまま後ろに倒れた。
「瞬!」
その声と同時に、体がふわりと支えられる。目を開けると、しっかりと自分の腰を支えるスコットがいた。片腕で瞬を支え、もう片腕はしっかりと手すりを握っている。
自分も軽い方ではないのに、意外と力があるのだなとぼんやりした頭で思った。
「スコット……悪い、助かった」
「具合悪いなら歩き回っちゃダメでしょ! まずは保健室に行くよ!」
スコットはそのまま瞬の膝の裏に腕を差し入れると、瞬の体を抱き上げた。
「うお、おい! 降ろせよ」
「歩けないんでしょ、大人しくして」
スコットが珍しく、厳しい口調で言う。暴れる気力もなくて、なされるがまま瞬は目を閉じた。
廊下を歩き出すと、周りの声が聞こえてくる。瞬が抱えられているのも珍しいだろうし、スコットがカッコイイのも分かる。
「え? 何? スコットと瞬ってそういう関係だったの?」
そんな声が聞こえて、そう来るか、そんなわけあるか、と否定したかったのだが、瞬にその力は残っていなかった。
保健室に文字通り担ぎ込まれた瞬は上尾に、風邪ひくなんてバカじゃなかったんだな、と本気で驚かれて、不機嫌にベッドに横になった。
「たいした風邪じゃない。どうせまた裸でうろうろしてたんだろ」
「先生、俺を変態みたいに言わないでくれる? ちょっと油断しただけだよ」
ベッドの傍で体温計を見て、三十八度か、と呟く上尾を瞬が見上げる。
「多分、僕のせいです……ごめん、瞬。昨日、僕が風呂であんなこと聞かなければ……」
ベッドの足元から様子を見ていたスコットが口を挟む。それに瞬が、違うって、と返した。
「別にスコットのせいじゃない。俺が早く晃平のところに戻りたかっただけ」
瞬が言うと、スコットが真剣な目を向けた。一瞬唇を噛み締めて、それでも意を決したように口を開いた。
「どうして、晃平なの? 晃平は確かに可愛いよ。優しいし頭もいい。でも、それだけ。瞬が晃平をあんなに必死に守る必要なんてない」
スコットが言い切ってこちらをじっと見つめる。その瞳は少し潤んでいた。
「いや、それは……あいつ危なっかしいし……」
「僕は瞬もそうだと思う」
「いや、さっきは悪かったよ。まさか、あんなところでふらつくと思ってなくて」
「それだけじゃない。誰にでも愛想ふりまいて、風呂でもあんな無防備で……瞬こそ、誰かに守ってもらわなくちゃだめだ」
その言葉に瞬が、唖然とする。そのまま横に視線をずらすと、上尾が必死に笑いをこらえていた。瞬が守られるなんて想像もしたことがなかったのだろう。もちろん、瞬本人もそんな想像をしたことがない。
「僕は、瞬が好きだ。瞬の恋人になりたい。瞬を守ってあげたい」
「………へ?」
スコットの真剣な告白に瞬が間抜けに返した、その時だった。
保健室のドアが乱暴に開けられ、瞬、と自分を呼ぶ声が響いた。視線を向けると、息を切らせた晃平がそこに立っていた。
「瞬が倒れたって聞いて……平気なの?」
晃平はスコットも、上尾すら無視して瞬がいるベッドのそばに寄った。瞬の額に手を乗せてから少し怒った表情を見せる。
「熱ある。やっぱり昨日、ちゃんと風呂に入ってこなかったんでしょ。早すぎると思ったんだよね」
もう、と唇を尖らせる晃平を見て、瞬は笑い出した。晃平が入って来ただけで、瞬の世界はすぐに晃平を中心に回り始めてしまう。
さっきのスコットの告白すら、もうどうでもよくなっていた。
「笑ってる場合じゃないだろ? 動けるようになったら寮に帰るよ。今日は絶対安静! ゲームもさせないからね!」
まるで母親のようなことを言う晃平に、瞬は少し笑ってから、はーい、と返事をした。それから、ふと、スコットに視線を合わせる。
今にも泣きそうな、けれどどこか諦観したような不思議な表情でこちらを見ていた。
どう声を掛けたらいいだろうと考えあぐねていると、上尾がそっと動いた。
「そうだ。職員室に新しいシーツが届いてたんだ。スコット、お前三石を運べるくらいだから、手伝えるだろ」
俺と来い、と上尾が言い、スコットの腕を引いた。
「え、でも先生、今は……」
「なんだ? か弱い先生に全部運ばせるつもりか?」
「いえ、そうじゃないけど……」
「じゃあ来い」
そのまま上尾がスコットを連れて保健室を後にする。出ていく間際、上尾の唇が『任せろ』と動いたのを見て、瞬はほっとした。
その気持ちが伝播したのか、二人きりになった部屋で、晃平が大きくため息を吐いた。
「……スコットに運ばれてたって聞いて、めちゃくちゃ驚いた」
「たまたま居てくれて。お陰で階段から落ちずに済んだよ」
助かったよ、と言うと、晃平は少し視線を逸らしてから頷いた。
「そう、だけど……僕が傍にいたらよかったのにって……」
「え?」
「あ、いや、そりゃ僕じゃ瞬を支えてあげられないけどね。あんまり無茶しないで。瞬が僕を心配するように、僕だって瞬が心配だよ」
晃平が真剣な顔でそう告げる。その言葉が嬉しかった。たとえ、友達としてでも、晃平が気にかけてくれていることが嬉しい。
「あ、あとね……スコットにも気を付けてよ」
「どうして?」
「スコット……僕に瞬のことばかり聞いてくるんだよね。もちろん、瞬がいいなら、いいんだ、けど……あ、あと上尾先生にも、あまり触らせないで。優しいけど怖いよ、あの先生……」
最後は自信なさそうに俯く晃平が、瞬は嬉しくて堪らなかった。晃平の中にも、自分に対する独占欲があるのかもしれないと思ったら、それだけで嬉しい。
「俺には晃平が居るからいい」
瞬はそう言うと、晃平の背中に腕を廻し、こちらへと近づけた。キスをしようとしたけれど、風邪をうつしてしまうかもと思い、そのまま胸に晃平を抱きしめる。
「……瞬」
「治ったらやらせて? 晃平」
「やっぱりそういう意味なんだ、さっきの」
瞬の言葉に、晃平がぐい、と体を起こして瞬を甘く睨む。そうじゃない、本当に好きなんだ、と言えたら……言ってその恋が永遠に続くのなら、叫んでもいい。けれど、瞬はそんな晃平に、微笑んで、バレた? と返した。
「ホント、ばか」
そう言うと晃平がそっと瞬にキスをする。晃平からキスをされるなんて初めてで、瞬はドキドキとして、それを受け入れた。晃平も憎からず自分を想ってくれているのだろうか、と思うと嬉しかった。
唇が離れると、晃平がにっこりと微笑んだ。
「僕に風邪がうつったら、もっと先までお預けだね、瞬」
「え? あ、そういう意味?」
「他にどんな意味があるの? 僕たちの間に」
少し寂しそうな顔をして、晃平が聞く。瞬は答えられなくて視線を逸らした。
「とにかく少し休みなよ。それから、帰ろう……僕らの部屋に」
晃平が優しく言う。
いつか、晃平に好きだと言える日が来るのだろうか。素直にキスをして抱きしめ合う、そんなことができるだろうか――そんなことを思いながら瞬はゆっくりと目を閉じた。
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