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 パソコン画面に映し出された地図を眺めて、晃平は唸った。 「ここから駐車場で……あー、もう、やっぱり僕に図面なんて無理だよ……」  晃平はため息を吐いてテーブルに突っ伏す。その隣にそっとマグカップが置かれた。 「そんなこと言わないで、休憩しながらやろうよ」  そのカップから上に視線を向けると作業着姿の瞬が立っている。 「けど、僕、図面なんてひいたことないし……」  そんな晃平の隣には『易しく覚えるCAD』という本が置かれていて、晃平はずっとこの本と画面を交互に睨んでいる状態だ。 「でも、俺なんてそれ以上に学もねえし。だから手伝えることは手伝うよ」  そのためにここに呼んだんじゃん、と瞬が笑う。確かに、一人より二人がいいと、今日仕事を早めに上げて向かったのは瞬の職場だった。そこにはもう瞬一人しか残っていなくて、理由を聞けば今日は社内の飲み会だという。それで晃平は事務所の一角を借りて作業をしていた。  例の図面は井垣しか持っていない。まずはそれを手に入れて直接社長にプレゼンしよう――瞬はそんな計画を晃平に持ちかけた。しかし、井垣と接触するのは躊躇われたし、泥棒みたいな真似は出来ない。だとすれば道は一つ、自分で作るしかないのだ。  しかし、そんな作業などひとつもしたことがない晃平に、おいそれと出来るはずがなく、現在のような状況になっていた。 「頑張ってくれ、晃平」  言いつつ、瞬は晃平の頬を両手で包み込み、キスを落とす。ほのかにコーヒーの味がした。 「……わかった。なんとかやってみる。でも……この図面を通すには理由が要るよ」 「そこは……また考えよう」  瞬は笑って誤魔化す。晃平はその顔を甘く睨むが、そんな晃平にもいい案など浮かんではいなかった。瞬を責められる義理はない。 「とりあえず、出入りをスムーズに出来るとか、周辺の混雑を避けられるとか、なんかそういう理由を挙げてみよう。後はごり押しするしかないかも」 「じゃあ、今のところはそういう感じで」  そう言う瞬に晃平が怪訝な目を向けた、その時だった。ふいに事務所のドアが開いて、晃平と瞬は揃って肩を震わせ、ドアを見つめた。 「……なんだ、お前らか」  そう言って息を吐いたのは真一だった。晃平は思わず瞬の影に隠れるように身を引いた。  その様子に瞬が、何、と晃平の前に立つように真一と対峙する。 「いや、こんな時間に明かりが点いてたから誰かと思って。――んな構えるな」  真一が瞬の様子にため息を零す。 「……けど、俺の言うことは信じられないって言っただろ。俺は晃平の味方だよ。晃平のことは悪く言わせない」 「そりゃ、いきなり『晃平は悪くない』なんて一方的に言われても、事実晃平の父親はココを潰そうとしてるんだろ、信じられるか。けど……ここ数日のお前の必死さ見てたら、なんとなくそんな気がしてな。さっき、定食屋の女将と居酒屋で会って、言われたよ。『あの子は、瞬ちゃんの力になりたいって言ってた』って。逆に説教された」  真一は困ったように首の後ろを掻きながら言った。その顔は、瞬が言い訳をする時とよく似ていて、やっぱり瞬の叔父なんだなと分かる。 「だからずっと俺が言ってただろ」  瞬はため息を吐いて、それでも少しだけ構えを緩めた。 「……そういうことらしいぜ、晃平。どうする?」  そう言って瞬が振り返る。晃平はその顔を見上げ眉を下げた。 「どうって言われても……そもそも、真一さんの言うことは尤もで、僕が悪くないなんて一概には言えないし……」 「晃平、もしかしてそんな気持ちもあって、あの男と取引しようとしたのか? 何度も言うけど、ココが助かってもお前があんな男のものになるんだったら、いっそ俺が潰すからな、こんな工場」  瞬が言うと、その頭に拳が落ちてきた。瞬がその衝撃に頭を抱える。 「なにがこんな工場だ、ばか者。――けど、今の言葉は聞き流せないな。色々悩ませたのか、晃平」  真一は晃平の横に立つと、悪かった、と頭を下げた。そしてそのまま視界に入ったのだろうPCの画面を覗き込む。
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