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「これは?」
急に頭を下げられ慌てる晃平に真一が聞く。晃平は、えっと、と口を開いた。
「あ……ショッピングセンターの図面……になる予定です。ホントはちゃんとしたのが会社にはあるんですが……手には入れられなかったので自分たちで」
でも素人には無理ですね、と晃平が苦く笑う。
「ちょっと貸してみな」
真一に言われ、晃平が席を空ける。真一はそこに腰掛けると器用にマウスを動かし始めた。
「……おじさん、図面ひけんの?」
やっと痛みから復活した瞬が真一の姿を見て驚く。
「まあ、多少な。昔、建築関係に居たんだよ。その時、少し覚えた程度だ――晃平、こっちは駐車場になるのか?」
「あ、はい……真一さん、すごいですね、何でも出来て」
手書きで簡単に書いた図面を渡しながら晃平が言う。すると、そこに瞬が口を挟む。
「わー、なんかやだー。晃平のこと呼び捨てないでって言ってんじゃん、おじさん。晃平も真一さん、なんて気味悪い呼び方するなよ」
瞬の言葉に、でも、と晃平が眉を下げる。工場長だなんていつまでも呼んでいられないし、かと言って三石さんも瞬の苗字でもあるからなんだか変だ。そんなことを思ってると、真一がくくっと笑い出した。
「恋人同士みたいで、妬けるんだろ、瞬」
真一の言葉に晃平は驚いて、瞬を見やった。
「何、バカなこと言ってんだよ! おっさん考えることがエロいんだよ!」
瞬はそう反論するが顔は図星をさされたように真っ赤だ。
「はいはい。少し静かにしてろよ、ざっとやっちまうから」
「あ、でもそこまでやってもらうわけには……」
晃平は真一の言葉に首を振る。けれど、真一は、いや、とマウスを動かし続けた。
「詫びだと思えばいい。このくらいで許してもらえるとは思ってないけどな」
「そんな……僕こそ、謝らなきゃならないのに」
晃平が、すみません、と謝ると真一は笑って、それじゃ無駄に繰り返すだけだろ、と晃平の背中に手を廻して、パン、と軽く叩いた。
「後は車のことでなんか困ったらいつでもウチに来るといい。晃平なら部品代だけで直してやっから」
真一が晃平を見上げ笑った。その時、瞬が、あ、と声を漏らした。
「……それだ、おじさん」
突然真剣な顔をした瞬に、傍で見ていた晃平が首を傾げた。
「どうしたの、瞬?」
「いや、安く営業車メンテできるって言えば、なんとかなんないかな、と」
瞬の言葉に晃平が、そうか、と口を開いた。
「真一さん、車のメンテナンスって最低いくらで出来ます?」
突然カバンを拾い上げてメモを出した晃平に真一が戸惑い、晃平を見上げた。
「どういうことだ?」
「瞬の言うとおり、ここを残すメリットになるかもしれない」
晃平が言うと、真一の顔が引き締まった。瞬も二人の間に入り、口を開いた。
「そういうことなら、俺、タダ働きしてもいいよ」
「それはよくないよ、瞬。ちゃんと掛かるところはしっかり出して、それでもギリギリの価格でやらなきゃ意味がない」
「そうだな。計算してみるか」
真一はそう言うと席を立ち、棚にささったファイルをいくつか引き抜いて広げた。それを見ながら電卓を叩く。
「ウチ、本社の営業車だけでも二十台くらいあるんです。他にも近隣の支社とか店舗とかあわせれば……多分、両者共に得になると思うんですけど」
「――今日はここで泊まりだな、瞬、晃平」
真一が顔を挙げ二人を見やる。その気鋭な笑顔に、二人とも頷いた。
「そんなの元よりだよ」
瞬が言い返すと、一気に片付けるぞ、と真一が笑った。
「……て言って、自分が一番先に寝てるし」
事務所の窓から朝日が差し込む頃、大きくのびをしてから、瞬は応接セットのソファで眠る真一を眺めた。
「一日仕事してお酒も入ってて、その上慣れない作業もしてもらったんだから仕方ないよ」
晃平がふわりとあくびをしながら言う。つられたように瞬もあくびをすると、晃平がそれを見て笑った。
「でもお陰でなんとかいけそうだよ」
「ホント?」
瞬が晃平に近づき、PC画面を見る。晃平の企画書が映ったその画面を見つめ、瞬は黙り込んだ。
「……無理そう、かな?」
「――正直に言っていい?」
画面から視線を逸らさずに瞬が聞く。その言葉に晃平は緊張しながら頷いた。
「……よく、わかんねえや」
「………へ?」
予想外の言葉に間抜けな声を出すと、瞬は笑いながらもう一度、わかんねえ、と言った。
「俺、こういうのと縁ないとこで働いてるし、晃平のことは信じてる。だから、これでいいんじゃないか?」
「そんな、適当な……」
呆れたように言うと、瞬は適当じゃない、と否定する。
「だから、俺は晃平を信じてるんだってば。晃平はいつでも俺を助けてくれる。高校の時だってそうだった。だから、今度もきっと上手くいく」
「……違うよ、瞬。僕は自分のために瞬に手を貸してただけ。高校の時だって一緒に進級したかったから。今だって、瞬と一緒に居たいから、僕の出来る限りのことをしたいだけなんだ」
上手くいくとは限らないよ、と晃平が苦く笑う。それでも瞬は大丈夫だと笑った。
「俺が一緒なら、絶対大丈夫」
根拠のない自信から出た言葉に晃平は笑った。その笑顔に瞬が近づき、唇を重ねる。室内に長く伸びた二つの影が一つに溶け合う。
この瞬間を失いたくない、日常にしたい――晃平は瞬の胸の中でそう思った。
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