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 三石板金は、広い敷地に大きな工場と隣に小さなプレハブがある、そんな雑然としたところだった。小さなプレハブは事務所らしく、晃平はここへ通された。普段は事務の女性がいるというが、今日は休みをとっているということで中には誰もいない。晃平は他人の家の留守を任されたような心許ない気分で窓の外を見やった。工場の中で瞬が作業しているのが見える。同じつなぎを着た中年の男性となにやら真面目な顔で話をしていた。それは高校の時に見た、サッカー部キャプテンの顔で、知らず晃平の心臓は仕事を早める。  落ち着けよ自分、と唱えながら瞬を見ていると、窓越しに目が合った。きっと見すぎだったんだ、視線で気づいたんだ、と気まずく思っていると、瞬が手招きをして見せた。そっちに行くの? とジェスチャーで伝えると、瞬が大きく頷く。晃平は事務所を出て瞬の元へと向かった。 「充電、今日いっぱいかかりそうだって。ここで新しいバッテリーに交換すればとりあえず動かせるけど、どうする?」 「そんなことしたら多分自腹だからな……僕、この後もうひとつ行くところがあってそれが終わったら寄るよ」 「了解。じゃあ送るよ」  晃平の言葉に瞬は頷いて車の鍵を取り出した。晃平は慌てて、いいよ、と瞬を止める。 「仕事あるだろ? 僕は歩いたり公共機関使ったりするからいいよ。大丈夫」 「気にすんなよ。俺の今日の仕事は終わってるし、後は事務所で作業報告書くだけだから」 「じゃあ、書きなよ」 「すぐ終わるんだって。いいから乗れよ」  工場の手前に止めてあったシルバーのセダンのライトが光って鍵の開く音がした。よくこの砂利に止めてあったなと思うくらい低い車高に大きなホイールのついたタイヤはなんだか普通よりも薄い気がした。瞬はその車に近づき、エンジンをかける。ブォンと大きな音がしたかと思えば、鼓膜の奥に響くような低いアイドリング音が響く。 「乗って、場所教えて」  運転席に乗り込んだ瞬に言われ、晃平は慌てて助手席へと滑り込む。 「駅前通越えた先にあるスーパーなんだけど、わかる?」 「ああ、あのオレンジの看板のとこな。あそこ、営業先?」  瞬は場所を聞くと、すぐに車を走らせ始めた。 「いや、傘下」 「……そういえば、晃平って御曹司だっけ?」 「そんな大層なものじゃないよ。今だって外回りの使い走りだし」 「親父さんの会社入ったんだな。偉いよ」 「他に就職先がなかっただけだよ」  瞬が偉いと言うのは、多分高校の頃、父親の会社には絶対入らない、と公言していたからだろう。当時、父の会社は切り捨てや統合、吸収を繰り返していて、身内としてもいいやり方ではないような状況だった。今はひとつのグループとしてうまく機能しているが、当時を知る上司などは大変だったと零している。そんな会社に、あの頃の自分は希望など抱いていなかったのだ。それに、お前は道が決まってていいよな、と周りから言われ、それに反抗していたのもある。  瞬はおそらく、そんな子供じみた自分の気持ちを当時から理解していたのだろう。いつも晃平は大変だよな、と言ってくれていた。 「瞬はもう五年目なら、色々任せてもらってる?」 「うーん、まあね。でも、仕事自体が少ないからな」  正直厳しいよ、と瞬はあの頃と変わらない横顔で笑った。  何気ない仕事の話は、高校の頃にした他愛もない会話に似ていて、妙に懐かしい。二人きりの屋上で空を見上げながらくだらない話をして、時々互いの肩を枕にうたた寝したり……そういう時間が晃平は好きだった。心地のいい沈黙を共有できる人などそういるものでもない。 「そこの店でいいのか?」  ぼんやりとしていた晃平に瞬が聞く。慌てて顔をあげると目的の店の前だった。 「うん、ここ。ありがと」 「そうやって一人でエアポケット落ちちまうのも変わんないな、晃平」 「え? あ、ごめん」 「いや、謝ることじゃない。そういう晃平見てるの、嫌いじゃなかったなって思い出しただけ」 「そう…だったんだ……」  晃平がまた言葉を失くすと、瞬は笑って、仕事いいの、と聞いた。晃平が慌ててドアを開ける。 「ごめん、ありがとな」 「終わったら、ここ連絡しろよ。迎えに来るから」  そう言って瞬はダッシュボードを開けて、中から名刺入れを取り出した。それを晃平が慌てて止める。 「でも、そこまでは……」  迷惑掛けられない、と晃平か首を振ると、いいから、と瞬は名刺を握らせた。 「じゃ、仕事頑張れよ」  一瞬、五年前の瞬に見えた気がして、晃平がまばたきを繰り返す。昔も、仕事の部分を生徒会という単語に変えて、よく言ってくれた。今と変わらない極上の笑顔で。 「うん、行って来ます」  晃平はそれに答えると車のドアを閉めた。そのままそこで走り去る車を見送る。  瞬間、昔の記憶と感情が津波のように晃平を襲った。そこには、懐かしさももちろんあるけれども、焦がれるような愛しさが大半を占めていた。初めから諦めていた恋だった。目立つことを好まず、クラスでも特にグループに所属することもなく霞んでいた晃平が、いるだけで目立つルックスを持ち、クラスを引っ張って明るくしていた瞬の隣に立てるなど思ってなかった。夏休み前のあの日、瞬が「みんなしてることだよ」と晃平と関係を持たなければ、こんなにも瞬と仲良くなるなんてことはなかっただろう。憧れが恋に変わるには、そんなに時間はかからなかった。  瞬が晃平を引っ張ってくれたお陰で三年間クラスに溶け込めたし、寮生活も楽しく過ごせた。瞬が自分を嫌いではないということはわかっていたし友人としては好いてくれていると思っていた。けれど、自分の気持ちを告げたりしたらその全てを失うような気がして怖かった。受け入れてもらえる想像は一個もできなかったけれど、逆ならばいくらでも想像できた。そしてその度に胸を痛め、ため息を零した。  そんな想いが、五年経った今でもリアルに思い返せるのは、今も瞬に心を傾けているからかもしれない。そう思うと、怖くてこれ以上瞬には会えないと思えた。会えば会うほど、きっと瞬のいいところを見つけてしまう。そしてときめいてしまう。そうした分だけ、自分はまた瞬を好きになるだろう。そんな未来など簡単に予想できてしまい、晃平は受け取った名刺にため息を吹きかけた。
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