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背中になら言えるのに~7years ago~
*この先は瞬と晃平が高校生だった頃の過去編です。
ちょうど桜の開花宣言が出た日だった。
三石瞬は、高校の寮に入寮するため、大きな荷物を抱えて指定された自分の部屋のドアを開け、驚いた。
――女の子……?
桜色に彩られた窓の前、白いニットに細身の黒のパンツを身に付けた、少し小柄な人物がいて、瞬は思わずそう思ってしまった。
しかし瞬が入学するのは男子校である。女の子がいるわけがない。
「……もしかして、三石くん?」
声を聞くと確かに男で、瞬は大きく息を吐いてから頷いた。
「良かった。同室になる沢井野晃平です。よろしくね」
にっこりと微笑むその顔に、瞬は再び視線を奪われる。窓の外でざわめく桜の花が、晃平の笑顔を更に可憐にしているようで、瞬はその時、晃平に視線だけではなく心も奪われていたことを後々知ることになる。
晃平は、華奢な体格とキレイな顔立ちで、すぐに一目置かれる存在になった。男子校とはいえ、可愛い子が入って来た、なんて話は毎年でるらしいのだが、晃平の話は学年を越えてされていたのは、瞬も驚きだった。
そして興味を持った者は必ず瞬に話を聞きに来るのだ。
クラスメイトはもちろん、寮の隣の部屋の奴に教師まで――七月に入る頃には少し嫌気がさしていた。
「三石、ちょっといいか?」
瞬はその日もサッカー部の活動を終え、ボールの片づけをしていた。そんな瞬に先輩が声を掛ける。瞬はボールを籠に入れてから、はい、と部室前に集まっていた先輩たちに近づいた。
「三石さ、沢井野くんと同室なんだよな?」
「はい。そうですが」
口では素直に答えるが心の中では、またかよ、と舌打ちしてしまう。こうやって切り出された話の続きと言えば、晃平に紹介してほしい、呼び出してほしい、ラインを教えてほしい……そんなことばかりだ。
「あの子、ホントに男の子?」
「ですよ。この学校に居るんだから当たり前じゃないですか。風呂だってみんなと入ってますよ」
寮の生活は学年ごとに時間が決められていて、風呂は午後五時から一時間ずつ、三年、二年、一年の順で入ることになっている。夕飯は一年、三年、二年の順で、同じ寮生でも学年が違えば会うことも少ない。
「風呂か……三石、いつも三年の時間に割り込んでくるんだから、沢井野くんも連れて来いよ」
「俺が三年の時間に割り込んでるのは、先輩たちが部室のシャワー貸してくれないからですよ。こんなドロドロのままで部屋に居れないじゃないですか」
運動部の部室には数は限られているがシャワー室が設置されている。しかし、サッカー部は部員数が多く、シャワーが使えるのは二年だけ、というのが慣例だった。三年は寮に戻ればすぐに風呂に入れるし、一年にシャワーを使う権利はない、という理由らしい。
「まあ確かに、沢井野くんの部屋を汚すわけには……って、三石が割り込んでいい理由にならないだろうが」
ほかの一年は二年の後にシャワー使ってるぞ、と言われ瞬は、次からはそうします、と笑った。
言うことを聞くつもりはありません、と顔に書いたような笑顔に、先輩たちはため息を吐く。
「だから、その割り込み許してやるから、沢井野くんも連れて……な?」
「うーん……晃平に聞いてみますね」
瞬はそう言って、その場を離れた。
聞いてみるも何もない。狼の群れに羊を放り投げるようなことを瞬がするはずなかった。
自分が晃平に初めて会った時の感覚を他の人も感じていて、その上で晃平に近づきたいというのは、瞬は認めたくなかった。
この気持ちがなんなのか、瞬自身にも理解できなかったが、それでもしたくないと思う、その気持ちには素直に従いたいと思っていた。
「瞬、また先に風呂入ってきたの? よく先輩に怒られないね」
その日先輩たちに、晃平やっぱり先輩たち怖いから嫌だって、と適当な嘘を吐いて一人で三年に紛れて風呂に入ってきた瞬は、部屋に入るなり、晃平にそうため息を吐かれてしまった。
「そこは上手くね。晃平、飯行くの待っててくれたんだろ? 行こう」
「うん、行く」
瞬が答えて笑いかけると、晃平が頷く。晃平にはまだ友達が瞬しかいない。というのも、既に高嶺の花化している晃平に近づくということをみんなが互いに牽制しあっているのだ。
晃平自身は、自分が地味で真面目すぎるから、と思っているようだが、実際は全く違う。
瞬は同室ということで傍に居ても仕方ないと周りから思われているらしく、渋々といった感じで受け入れられていた。
「今日の飯なんだっけ?」
「今日はコロッケだったと思うよ。僕好きなんだ」
瞬は? と聞く晃平の言葉に、瞬は心臓を高鳴らせた。晃平の唇から『好き』という言葉が出ただけなのに、こんなに動揺してしまう。初めは同室なのだから仲良くなりたいと思っていただけなのに、周りに感化されたのか、最近は別の意味で晃平の傍に居たいと思うようになっていた。
「……お、俺も……好き、だけど……」
「良かった。楽しみだね」
にっこりと笑う晃平に、瞬はなんだか愛しい気持ちになって頷いた。
――もしかして俺、晃平のこと……?
いやまさかな、と瞬が首を振る。中学の時は、彼女を切らしたことがない瞬だ。まさか男子校に入ったからといって、男に目覚めるなんて自分だけはあり得ないと思う。きっと、周りに姫扱いされている晃平に慣れて、自分もそう扱わなければと思っているせいだろう。
晃平が男であることは、同室の瞬が一番知っている。無防備に着替えるところを何度も見ているし、何度か風呂も一緒に行っている。
だから、自分が晃平を好きになるはずがない。
「瞬、どうかした?」
突然会話が途切れたことで、晃平が不思議そうにこちらを見やる。瞬はそれに、なんでもない、と答えて晃平と二人で食堂へと入った。
「瞬、遅いぞー。もう食べ終わったじゃないか」
そんな声が聞こえ、瞬は視線を泳がせた。食器を返却しているのは、同じサッカー部の一年だ。
「風呂入ってた」
「またかよ。なんでお前だけ許されんの?」
「諦められたんじゃない? 怒ってもすごんでも気にしないで入ってくるから」
「瞬は得だよな、色々と」
近づいてくる同級生は、ちらりと瞬の隣を見やる。晃平がそれに気づき、ぺこりと頭を下げた。少し怯えてるのか、瞬の傍に近づく。
「沢井野くんも夕飯?」
聞かれて晃平が頷く。
「もう少し遅く来れば一緒にご飯食べられたのに。沢井野くんともっと仲良くなりたいんだよ、おれ」
「え? そう、なの?」
同級生の言葉に晃平が驚いた顔をする。自分は浮いた存在で、誰からも気にもされていないと思い込んでいるのだからその反応も無理はない。
「そうそう。あ、良かったら後で風呂一緒に行かない?」
その言葉に反応したのは瞬の方だった。こいつもか、と心の中でため息を吐く。
「悪い、今日晃平に宿題手伝ってもらうんだよ。風呂、いつ行かせてやれるか分かんない」
「なんだよ、それ。沢井野くん、七時半頃、迎えに行くから」
強引に言って同級生は食堂を出て行った。晃平はその後ろ姿をぼんやりと見送っている。
「……最近、やたらと風呂に誘われるんだよね、僕」
「え? 前にもあったのか?」
「うん……でももう入ってたり、課題が終わらなくて断ったりで……一度も一緒に行けてないんだけど」
申し訳なくて、と晃平が言う。瞬は、それにほっと息を吐いた。
「行かなくていいよ。晃平がオモチャにされるだけだ」
瞬は食堂のカウンターに向かいながらそう告げた。
「オモチャ?」
晃平がそれに続きながら聞き返す。瞬は頷いた。
「晃平は、自分が周りにどう思われているのか、知った方がいいと思うんだ。だから、ああいう誘いには乗るべきじゃない。あと、二人で出かけようとか、変な場所への呼び出しとかも断っていい」
「……僕がどう思われてるか……?」
席に着くと、晃平が少し悲し気な顔をした。周りから避けられていると思っている晃平に、瞬の言葉はきつかったかもしれない。
「別に晃平が悪いわけじゃないから。困ったら、俺に言えばいい」
「うん、ありがと。そう言ってくれるの、瞬と保健の先生だけかも」
少しだけ笑顔を見せた晃平がそう言ってから手元の箸を手に取る。瞬はその言葉を聞いて、そうか、と口を開いた。
「瞬?」
「晃平、これ食べ終わったら風呂に行こう」
きょとんとする晃平に瞬がそう言う。さっきは断れと言ったくせに瞬は誘うのか、と晃平の目が訴えている。けれど瞬はそれを気にせず笑った。
「いいこと思い出したんだよね」
瞬の笑顔に更に晃平が胡乱な目を向ける。それでも最後は諦観したように、分かったよ、と頷いた。
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