背中になら言えるのに~7years ago~

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 食事を終えてから、晃平に風呂の準備をさせて向かったのは、寮の一階の一番端の部屋だった。 「上尾先生、いらっしゃいますか?」  ドアをノックし、そう聞くと、しばらくしてドアが開く。  その部屋は、寮監であり、校医の上尾の部屋だった。昼間は学校の保健室にいる。つまり、さっき晃平が言っていた保健の先生だ。 「三石に沢井野……そろそろ来るかと思ってたよ」  上尾はそう言うと、二人を部屋に招き入れた。何が起こっているのか分からない、という顔をした晃平に、瞬は改めて向き直る。 「上尾先生の部屋は、別名保護部屋なんだ。男ばっかりの全寮制学校だからトラブルも多くて……そんな時に逃げ込めるシェルターなんだよ」 「それは分かるけど……」  まだ自分がたくさんの生徒に狙われていると理解していない晃平は、自分がどうしてここに連れてこられたのかまでは分からないらしい。そんな晃平に、今度は上尾が口を開いた。 「三石は、沢井野は俺の部屋の風呂を使った方がいいって判断したんだよ。遠慮なく使っていきなさい」  上尾の言葉に、晃平が瞬を見やる。瞬はそれから目を逸らした。 「どうしても晃平が、みんなと風呂入りたいって言うなら、今度から俺がついてくけど……俺は、晃平は先生のとこの風呂使ってくれた方が安心する」  足元に視線を落として言うと、視界の隅で晃平が動いた。顔を上げると思ったよりも近くに晃平が居て、驚いて固まってしまう。  こんなに近くで晃平の顔を見たのは初めてだった。長いまつげに隠れた少し茶色がかった瞳に自分が映っている。その顔を見つめていると、赤い小さな唇が、分かった、と告げた。 「理由はよく分かんないけど、瞬が安心するなら、そうする。瞬が、僕のことで不安を抱えるのは嫌だから」  そう言うと晃平は上尾に向き直り、じゃあお風呂借ります、と言った。  この部屋だけは、他の部屋と違い、リビングにキッチン、バストイレも付いていて、1LDKのマンションのような形になっている。上尾は、案内するよ、と晃平を連れて部屋の奥へと向かった。  瞬はそんな二人の背中を見送ってからため息と共にソファに座り込んだ。 「ご苦労様」  しばらくして部屋に戻って来た上尾が瞬に声を掛ける。その顔を見上げるととても楽しそうだった。 「先生、分かってるならもう少し早くあいつのこと匿ってくれたらいいのに」 「俺は生徒の自主性を重んじてるんだよ」 「晃平、自分で自分のこと分かってないんだよ。俺がここに逃げ込んだ時と訳が違うんだから」  上尾は瞬の言葉を聞きながら、そうだったね、と笑って瞬の隣に座った。  入学してすぐのことだった。学校から寮に帰る途中、寮の前で困っている様子の女の子を見かけた。きっと誰かの彼女だろうと思い、手引きしてあげると、翌日彼女が瞬に、好きになっちゃいました、と告白。彼氏である先輩から逆恨みされて殴られ、上尾のこの保護部屋に匿われた。そんな経緯があって、瞬はここのことを知っていたのだ。 「そういえばあの後、どうしたんだ?」 「とりあえず先輩の前で彼女をふって、会うつもりはないって話したら元サヤしたみたいで、今は感謝されてます」 「三石は軽そうだけど、割と常識的だよな」 「軽そうは余計です」 「沢井野のことも、ずっと守ってやってるだろ? 完璧なナイトだなあって見てたよ」 「……俺は、ナイトじゃないです。いつ、あいつを傷つけるか分からない」  瞬がぽつりと呟くと、上尾が、へえ、と楽しそうに笑った。瞬がそれを不機嫌に見上げる。 「青春だなあ」 「茶化さないでください。こっちは真剣に悩んでるのに」 「悪かったよ。沢井野に好意を持ってる生徒は多いよ。敵に廻せるか?」  上尾の言葉に瞬が一瞬迷う。晃平のことを大事だと思うし、泣かせたくない、笑っていてほしいと思う。その気持ちが恋愛における好きという気持ちなのか、それはよく分からなかった。 「……あいつが泣くようなことになるくらいなら、まわり全員敵でもいいとは思ってる」 「三石は泣かさない自信があるんだ」 「……ある、と思う。でも、あえて泣かせたいって思ったり……よく分かんないんです!」  瞬はそう言って立ち上がた。本当に晃平のことを考えると、自分がどうしたいのか分からなくなる。 「俺、先に部屋に戻るので、先生が晃平送ってきてください」 「俺が?」  どうして、と上尾が首を傾げる。面倒そうなその様子に、瞬は言葉を返した。 「牽制です。晃平は先生の庇護下にある、だから不用意に手を出したらすぐに教員に知れるって、思わせるんです」  瞬が言うと、上尾は、なるほどね、と頷いた。 「そうやって、沢井野の恋のチャンスを奪うわけだ。三石は頭いいな」 「ちがっ……とにかくお願いします!」  瞬はそれだけ言うと、上尾の部屋を出て行った。  廊下をぐんぐん進み、最後は走って部屋に戻った。 「……晃平の恋のチャンスを奪うわけじゃない、けど……」  晃平が誰かに恋をしなければいいな、とは思っている。自分と居てくれたらいいと。  恋をする自信はないくせに、他には渡したくないなんて、ワガママかもしれない。けれど、これが今の瞬の素直な気持ちだった。  自分のベッドに倒れ込み、大きくため息を吐く。  これまで付き合ってきた彼女にさえ抱いたことがない感情に、瞬は益々混乱していた。できればいつも自分の傍に居てほしいなんて、思ったことはなかった。  晃平と出会って、まだ三か月だ。こんなにも短期間に心が動くことなど経験がない。  ――怖いな……  瞬がごろん、と寝返りを打った、その時だった。 「瞬、具合悪いの? 大丈夫?」  部屋のドアが開く音と、そんな声に、瞬は目を開けた。目の前には心配そうにこちらを見ている晃平がいた。肩にタオルを掛けたままで、髪からはまだ雫が滴っている。 「晃平こそ、風邪ひくよ」  瞬は起き上がると、晃平の肩からタオルを取って頭に乗せた。上からごしごしと髪を拭く。 「瞬、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」 「じゃあちゃんと乾かして来いよ」 「だって、戻ったら瞬がいなくて……上尾先生は忠告とかって変な話するし……怖くて瞬のところに早く帰らなきゃって、思って……」  言いながら晃平が赤くなる。瞬はそれに眉根を寄せた。 「変な話?」 「……僕が、他の生徒に狙われてる、とかって……ここ男しかいないのに、変だよね」  変、と言われ、瞬の中にちくりと何かが刺さった。確かに変だ。だけど、そう言うなら、自分も既に変なのだろう。怖いから自分のところに早く戻って来たなんて聞かされて、少し喜んでしまっているのだから。 「男しかいないから、そう考えるんじゃない?」  瞬はそう言うと、晃平に腕を伸ばしてベッドへと引きずり込んだ。組み敷くと、驚いた顔でこちらを見上げている。 「男しかいないから、男相手にこういうことをしたいって思うんだ。ある意味、これって健全じゃない?」 「……そう、かな……?」 「みんなしてることだよ。晃平も俺としてみる?」 「……してみるって……何……?」 「セックス興味ない?」 「そ、そんなの……!」  考えたこともないのだろう。真っ赤になって視線を逸らす晃平が可愛かった。背中をぞくぞくと興奮が駆け下りていく。  可愛がりたい、泣かせたい。どちらの感情も同じだけ瞬の中でとぐろを巻く。 「じゃあ、試してみよう? 俺とじゃ嫌?」  晃平の顎先を指でたどる。その肩が少し震えたことに気づかないふりをして、じっと晃平を見つめた。ふと、晃平の唇が動く。 「……嫌じゃ、ない……瞬なら、嫌じゃない」  まさかこんな形で晃平に触れるとは思っていなかった。  でもこれできっと、晃平は自分の傍に居てくれる。恋愛をする自信はないけれど、晃平には傍に居てほしい――そんなワガママを叶えることが出来る。 「ごめんね、晃平……」 「え?」  思わず呟いた言葉に、晃平が聞き返す。瞬は耳元で、なんでもない、と答えてから、晃平のシャツの裾から手を忍ばせた。風呂上がりのしっとりとした肌が瞬の指に吸い付く。  男を抱いたことはなかった。けれど今、晃平がどんな女の子より可愛く見えるし、抱きたいと思った。迷いはなかった。 「瞬……ホントに、する、の……?」 「今日は最後までしない。気持ちいいことだけしよう」  瞬が言うと、晃平が赤くなる。何をしようとしているかは分かっているようだった。  瞬は片手をするりと晃平のスウェットの中に滑り込ませた。 「ちょっと勃ってる」 「……言わないで」 「俺もだからいいだろ」  下着の中から晃平の屹立を取り出し、手で上下に扱く。晃平の顔を見つめるとぎゅっと目を閉じて声を殺していた。 「声、ちょっとなら出していいよ。恥ずかしくない」 「だって……僕だけ、こんな……」  確かに中心が反り返るまで時間はかからなかった。そういう年頃なんだから仕方ないと思う瞬とは違い、晃平は気にしてしまうのだろう。経験も少ないに違いない。 「俺もだよ、晃平。俺なんて触られもしてないのに、一緒」  瞬はそう言って、自分のパンツを寛げ、下着から中心を出して晃平のそれにぴたりと付けた。晃平の体がびくりと跳ねる。その刺激に瞬も思わず、ん、と声を漏らす。 「瞬……気持ちいい、の?」 「そりゃ……気持ちよくなるようにしてるし」 「そっか……そうだよね」  小さく笑む晃平が、たまらなく愛しいと思った。守ってやりたくて、大事にしたくて、でも苛めてみたくて。  瞬はよく分からない感情のまま、晃平と自分の中心を合わせ、手で擦り上げた。想像以上の快感が瞬の中に広がる。晃平を見ると、目をぎゅっと閉じて唇には手の甲を当てていた。 「声、いいってば」  瞬が晃平の手をどけ、言う。目を開けた晃平が泣きそうな顔でこちらを見上げた。 「でも、んっ、声、変だし……!」 「全然。可愛いよ。俺だけが聞けるの、嬉しい」 「しゅ、ん……あ、や、いっちゃ……んっ!」  掠れた少し高めの甘い声が可愛かった。もっと聞きたくて手を激しく動かすと、次の瞬間、晃平の中心が白濁を吐き出した。他人に触られ慣れてないせいだろう。予想より少し早かったが、いった瞬間の晃平の顔がキレイで可愛くて、晃平の後を追うように、瞬も達してしまった。  瞬自身もいつもより大分早い。 「瞬、ごめん……手、汚して……」 「別に。どっちのかも分かんないよ、もう。晃平こそ、風呂上りにごめんな」  体を離し、ベッドの傍にあったティッシュケースを引き寄せる。手を拭った瞬は晃平の体を拭こうとしたが咄嗟に避けられてしまった。 「晃平、下着汚れるよ?」 「いい! 平気」  起き上がった晃平が下着とスウェットを引き上げる。その顔は真っ赤で、こちらを見ることも出来ないようだった。膝を抱えて座り、顔を伏せてしまっている。 「……嫌だった? 晃平」 「……嫌じゃなかったから、困ってる……」 「俺は、晃平とまたしたいよ。ダメ?」  ベッドの縁に座り、晃平の頭を撫でる。しばらくして晃平が顔を上げた。 「ダメじゃない……って思うの、変かな?」 「変じゃないと思う。もし変でも、俺と一緒ならよくない?」  瞬が言うと、晃平がくすくすと笑いだす。 「いいよ、瞬と一緒なら」  晃平がそう言って笑う顔が可愛くて、瞬は見とれてしまう。  ――晃平が好きなんだ、俺……  気づいても、言うのは怖い。せっかく晃平に触れることが出来るのだから、恋愛になってこじれて別れてしまうのは怖い。  もう少し、この気持ちは黙っておこう――瞬はそう心に決めて、笑顔の晃平を優しく見つめていた。
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