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背中になら言えるのに~6 years ago~
校庭を木の葉が舞い、日ごとに気温が下がってきた頃、二年生の教室では朝から話題になっていることがあった。
「瞬、聞いた? 転校生の話」
一限目が終わり、欠伸をしていた瞬にクラスメイトが近寄る。瞬は面倒そうに頷いた。
「聞こうとしなくても耳に入ってきてる。二年のこんな時期に転校生なんて珍しいな」
瞬と晃平は二年になっていた。クラスは違うが、寮の部屋もそのまま持ち上がりで、去年と同じように穏やかに過ごしている。
変わったことといえば、先月から晃平が生徒会に入り、瞬と過ごす時間が減ったこと、毎日どちらかのベッドで一緒に寝るようになったこと、くらいだろうか。
変わらないことは、未だに瞬は、晃平に気持ちを告げられていないことだ。
自分でも意気地なしだと思う。けれど、晃平の肌に触れ、自分にしか見せない表情、聞かせない声を感じてしまったら、これを手放したくないと思ってしまったのだ。
好きだと言って、晃平が応えてくれる自信はなかった。
そんな中、今日晃平のクラスに転校生が来ることを、瞬は先ほど他のクラスメイトが話しているのを聞いて知ったのだ。
イギリスと日本のハーフで背の高いイケメン帰国子女だというところまでは瞬も知っていた。
「そいつ、沢井野くんにいきなり、可愛いって言ったらしいよ」
「……え?」
瞬は驚くが、話しかけてきたクラスメイトは、当然といった顔をしている。
「まあ、うっかり口に出しちゃっただけで、みんな思ってることだけどね」
言われてみればその通りだ。みな遠巻きにしているが、晃平のことを可愛いと形容したい人は多いだろう。瞬もベッドの中でしか言わないが、日ごろから可愛いと思っている。
「あいつには俺も上尾先生も付いてるし、大丈夫だろ」
「スコットは紳士らしいよ。犯罪的に奪うんじゃなくて、正攻法で沢井野くんを落としちゃうかもね」
クラスメイトが深いため息を吐く。
瞬はなんだか面白くなくて、どうでもいい、とぽつりと呟いた。
しかし、数日後には、瞬にとってどうでもよくない状況になっていた。
「スコットと沢井野くんだ。ホント、並んでると王子と姫って感じだよな」
最近では二人が廊下を歩いているだけで、こんな噂を耳にするようになってしまった。瞬はその言葉を発した生徒の視線を追いかける。廊下の端から晃平と、転校生のスコットが歩いてくるのが見えた。
確かに背は高いし、栗色のサラサラの髪と高い鼻に切れ長の目、白い肌にするりと伸びた手足はテレビ画面や雑誌で見かけてもいいレベルだ。晃平と並んで、王子と姫と称されるのも頷けた。
「瞬!」
そんな晃平を見つめ過ぎたのか、目が合ってしまい、晃平がこちらへ駆け寄る。瞬が今来たばかりといったふうを装い、おう、とそれに反応する。
「良かった、今会えて。昼、誘いに行こうと思ってたんだ」
「探したか?」
「ううん、ちょうど行くところだった。いいタイミングだったね」
微笑む晃平が可愛くて、頭を撫でようと瞬が手を伸ばした時だった。それを遮る様に瞬の目の前に腕が伸びる。
「初めまして、だよね。瞬」
いきなり呼び捨てにされ、なおかつ晃平に触れることを遮られた瞬は、腕を伸ばした人物を怪訝に見上げた。
「……そうだな。スコット、だったか」
「僕のこと知ってるんだ。嬉しいな」
切れ長の目が細くなって、人懐こい笑顔を見せる。もっとツンとしたイケメンなのかと思っていたが、どうも少し違うようだった。
「じゃあ三人でお昼にしよう。いいよね、瞬」
「ああ、まあ……晃平がそうしたければ」
瞬が答えると、良かった、と嬉しそうな顔で晃平が食堂に向かって歩き出した。瞬もそれに付いていく。
「スコットって、こんな顔して納豆とみそ汁が大好きなんだって。なんか意外だよね」
「僕は幼稚園まで日本にいたからね。味覚は日本人なんだよ」
晃平の言葉にスコットが答える。瞬はそんな二人の間を歩きながら、ふーん、と頷いた。
「紅茶三昧って顔してるけどな」
「瞬、イギリスといえば紅茶しか出てこなかったんでしょ」
そう言って笑う晃平の横顔に見とれてしまう。飾り気のないその笑顔が、瞬は一番好きだった。
もっと、出来ればずっと見ていたいと思いながら、晃平を見ていると、ふと視線を感じ、瞬は隣を見上げた。スコットと目が合う。
「瞬は晃平の言う通り、イケメンだね」
「……お前に言われたくない」
にこにこと笑うスコットに眇めた目を向けると、どうして? と眉を下げる。
「別に、分からなくていい」
腹減った、と瞬が先を行く。後ろで晃平がスコットに、気にしなくていいよ、と笑いかけているのを横目で見て、瞬は心の中でため息を吐いた。
くだらない嫉妬なんか、しても意味がないと分かっているのだ。
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