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それから、スコットは瞬と晃平が二人でいるところによく顔を出した。
朝食、授業の合間、昼休みに、放課後はサッカー部に遊びに来たりと、周りからも三人セットで見られることが多くなった。
「ぼうっとしてたら沢井野くん盗られるんじゃない?」
午後六時、上尾の部屋で晃平が風呂から上がるのを待っていた瞬に、上尾がカップを手渡しながら言った。
「……あいつが、スコットと恋愛したいなら、止められないですよ」
「へえ、大人になったな」
ソファの隣に腰掛けた上尾が驚いた顔をする。瞬はそれを不機嫌に見やる。
「そりゃ、自分の手で幸せにできるならしてやりたいけど、幸せって他人が押し付けるものじゃないし……つーか、ただ単に怖いっていうか……」
晃平に嫌われるのが何より怖い。傍に居られないことが一番怖かった。親友のポジションでもいい。ただ、晃平の笑顔を傍で見ていたいのだ。
「とか言いながらやることやってるんだろ? まあ、そこが高校生らしくていいけど」
「え? な、んで、それ……?」
晃平と関係を持っていることは、誰にも言ったことがない。どこから漏れて晃平に迷惑が掛かるか分からないからだ。
「あんまり目立つところに痕付けてやるなよ。沢井野、嘘とか誤魔化し下手なんだから」
上尾が自分の首筋を指先でつつく。キスマークなんて付けたつもりはなかったのだが、夢中になって思わず付けてしまったのだろう。
そして先ほどそれを見つけた上尾が晃平に指摘して、しどろもどろになった、というところか。大体の想像は出来た。
「……気を付けます……」
「おう、気を付けてやれ」
恥ずかしさと後悔で俯く瞬に、上尾は笑いながら手を伸ばした。そのまま瞬の頭を撫でる。
「やめてください」
「三石は可愛いなあって思って」
からからと笑う上尾を見上げると、その先に晃平が立っていた。ちょうど風呂から出てきたのだろう。
「晃平、おかえり。部屋帰ろうか」
上尾の手を邪魔そうに除けて瞬が立ち上がる。立ちすくんだままだった晃平は、一瞬遅れて、うん、と頷いた。
「どうした? 晃平」
「う、ううん。帰ろ。先生、ありがとうございました」
晃平は上尾に頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。瞬もそれに慌てて付いていく。
「晃平、なんか怒ってる?」
「全然。でも……明日から、風呂は一人で行くよ。瞬は部屋で待ってて」
「行き帰り心配だろ」
風呂上がりの上気した肌は、こうやって廊下を通り過ぎるだけで生徒の目を惹いてしまう。
「心配なのは僕の方だから」
「ん?」
意味が分からなくて首を傾げるが、晃平は、何でもない、と言葉を切った。何を心配されているのだろう? と晃平を見つめていると、遠くから、瞬、晃平、と二人を呼ぶ声が聞こえて、瞬は顔を上げた。
こちらに駆け寄って来たのはスコットだった。
「もしかしてお風呂もう行っちゃったの?」
タオルや着替えと一緒に抱えていたアヒル型のシャンプーを落としたのも気に留めず、悲しそうな顔でスコットが晃平の濡れ髪を見やる。
「晃平だけな。俺はまだ」
転がったシャンプーを拾ってスコットに手渡しながら瞬が言う。
去年は三年の時間に割り込んでいた瞬だが、二年になって部室のシャワーが使えるようになったので今はルール通りの時間に行っている。
「えー、晃平もう入ったのか、残念。 瞬はこれから行くよね?」
「晃平を部屋に送ったらな。スコットは……今からって感じ?」
「うん。一緒に行こうよ、瞬」
「いいよ。ちょっと待ってな」
瞬はそう言って晃平を見やった。その顔が少し寂しそうで、瞬は微笑んだ。
「晃平も一緒に行けたらいいけど……すぐ戻ってくるから」
瞬が心配するからと、上尾のところで風呂を借りている晃平だが、本当はみんなと入りたいかもしれない。最近は友達も増えているし、晃平を守ろうとしてるのは瞬だけでもなくなった。大丈夫といえばそうなんだろうけど、瞬は単純にその体を他人に見せたくないのだ。
「……うん。戻ったら課題な。時間かかるかもだから、早く戻ってよ」
「あ、そうだった。了解」
晃平に言われ、瞬が頷く。
それから一度部屋に戻り、スコットと共に風呂に向かった。
「良かったー、瞬がいてくれて」
「なんだよ、もう風呂くらい慣れただろ?」
「慣れたけど……やっぱりじろじろ見られるのは気持ちのいいものじゃない」
「見られる?」
晃平のように服を着ていたら女の子にも見えるわけでもない。どういうことだ、と首を傾げると、スコットは少し赤くなった。
「僕のこれ、天然だから……気になるみたい」
スコットはそう言って、さらさらの薄茶の髪を一筋掬った。その行動で瞬はピンと来て笑い出した。
「あー、あはは! そういうことな! 確かに毛の色は気になるな! 俺はサイズも気になる」
「瞬!」
笑いながら答えると、スコットが真っ赤になって怒る。その顔に、ごめん、と謝ってから瞬が言葉を返す。
「スコットは気になんねーの?」
そう聞くと、一瞬だけこちらを見てから、うん、と頷いた。
「……別にみんなのは、気になんない」
そう言われ、瞬はすぐに、晃平のことだと思った。晃平の体は気になるのだろう。それは大抵の男が思うことだから特に咎めるつもりはなかった。晃平の滑らかで白い肌を見たらみんな驚くだろうが、絶対に見せるつもりはない。
「まあ、堂々としてれば? 俺も隠したことないし」
廊下の端にある脱衣所のドアを開け、瞬が中に入る。開いている棚の一つに荷物を押し込むと、そのままさっさと服を脱いだ。
「そっか……堂々と、か……」
スコットは瞬に倣って服を脱ぐと、そのまま風呂場へと歩いて行った。堂々と前も隠さず歩いていく姿に、瞬は吹き出すように笑った。
「やればできんじゃん」
洗い場で並んで座ると、スコットがこちらを見やって、真っ赤になる。恥ずかしかったのだろう、それを察した瞬が、大丈夫だって、と笑う。
「……うん……でもドキドキするよ」
「慣れだよ、慣れ」
瞬は言いながら自分の体を洗い始める。するとスコットも同じように長い腕に泡をまとわせ始めた。
「瞬は……好きな人、いるの?」
突然スコットが静かに聞く。瞬は驚いてスコットに視線を向けた。いつもの顔で自分の体を洗っている。
「突然何だよ」
「だって……もし、ここに好きな相手がいたら、堂々とはできないかなって……僕はやっぱり恥ずかしいよ」
表情を変えず、スコットが言う。瞬は、自分もごしごしと体を洗いながら、そうだな、と口を開いた。
「いるよ」
「い、るんだ……それって……」
「内緒」
晃平? と聞かれると思い、瞬は先にそう告げた。これまでもいろんな人に、晃平と付き合ってるんじゃないか、独り占めするな、と言われてきた。その度に瞬は、付き合ってないし、晃平の気持ちを尊重してるよ、と答えてきた。
恋人になれなくてもいい。一番近くで晃平を想うことができるならそれでいい。もし、晃平が誰か……たとえばスコットと恋をするなら、それを応援する。その時、セフレのような今の関係を続けられるかは分からないけれど晃平の幸せの邪魔はしないつもりでいた。
「今日は先上がるよ。スコットは温まって来いよ」
瞬は逃げるように立ち上がると、そのまま脱衣所へと向かった。
「え? 瞬? 待って」
「悪いな。晃平が待ってるから」
瞬はそれだけ言うと、とっとと風呂場を後にした。出た瞬間、その寒さにぶるりと身震いする。
「もう湯舟入らないと寒いな」
瞬はぽつりと呟いてから、着替えて部屋に戻って行った。
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