背中になら言えるのに~5 years ago~

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 それから三年は自由登校になり、実家に帰ることも出来たが、瞬は帰らなかった。晃平が寮にいると決めたので、瞬も少しでも傍に居ようと一緒に過ごした。  受験勉強をする晃平の後ろ姿を眺める日々は、瞬自身がずっと続けと願っていたせいか、あっという間に過ぎ、明日は卒業という日になっていた。  先日合格発表を迎えた晃平も、今日はゆったりと過ごしていた。当然部屋も片付き、あるのは瞬と晃平、二人分のキャリーバックだけだった。 「いやー、まさか泣くとは思ってなかったよな、担任」  友人たちの部屋で合格祝いをしていた瞬が、自分たちの部屋のドアを開けながら笑う。 「ホントに。突然乱入してきたと思ったら、みんなおめでとう! って。アルコール抜きにしておいて良かったよね」  続いて入って来た晃平もくすくすと笑いながら言う。ドアを閉めると、軽く息を吐きながらベッドの端に座り込んだ。 「疲れた?」  同じように向かい側のベッドに腰掛けた瞬が聞くと、少しね、と晃平が答える。  それからしばらく考え事でもしているような顔で足元を見つめていた。突然、今じゃないどこかに意識を持っていかれるようなそれを、瞬は『エアポケット』と呼んでいた。晃平が考え事をすると、周りが見えなくなるようで、こちらの声も届かない。それでもいつも周りに気を遣っている晃平が、こうしてぼんやりするのは、自分に気を許してくれているのだと気付いて、嬉しかったのだ。 「晃平」  一度では気づかないのを瞬も知っている。もう一度、晃平、と呼びかけると、ぱちりと瞬きをしてから、こちらを見やる。 「……呼んだ?」 「呼んだ。大丈夫?」 「うん、ごめん……なんか、しんみりしちゃって」  今にも泣きそうな顔で笑う晃平に、瞬の心臓は、ぎゅっと握られるように痛んだ。  ゆっくりと立ち上がった瞬は、晃平の隣に座り直した。 「可愛い、晃平」 「……え?」 「明日、卒業だろ? だから、最後にいっぱい抱かせて?」  努めて明るく、いつもの軽いノリで誘うと、晃平が驚いた顔から、笑顔に変わる。 「もー、最後まで瞬は、そればっかり」 「いーじゃん、やりたい盛りのコ―コーセーだよ?」  晃平の体をどさりとベッドに押し倒す。瞬を見上げた晃平が、ふふっ、と笑い出した。 「いいよ。しようよ、瞬」 「やった!」  瞬はそう言うと、晃平の着ていたニットの裾から手を入れた。そのまま引き上げて中に着ていたTシャツごと脱がす。空気に晒した肌に触れると晃平の肩が、びくりと揺れた。 「寒い?」 「平気」  晃平がそう言って瞬を見つめる。その目はいつもよりもずっと艶めいていて、ドキドキとした。  遊びで抱いたことなんて一度もなかったけれど、それと偽装しなかったことも一度もない。今日だけは、ただ晃平を愛しているから、抱きたいのだと伝えたい。口では言えない分、行為で感じてもらえるように、いつもよりも優しくしようと思っていた。 「今日は気絶させないようにするから」  瞬がそう言って、晃平の胸に唇を近づける。 「そう、なんだ……今日はいいかなって、思ってたのに」  晃平の言葉に驚いて瞬が顔を上げる。 「こら! ひとの決意を崩すようなこと言うなよ!」 「そんな決意、要らないよ」 「……知らないからな!」  にっこりと微笑む晃平に捨て台詞を吐いて、瞬は晃平の胸に噛みつくように吸い付いた。小さな突起を無理に起こすように吸い上げると、そのまま舌先でもてあそぶように舐める。晃平の可愛らしい声が頭上で響き始め、両手は瞬の頭を押さえ込むように髪を乱していく。 「んっ……瞬……」  胸への愛撫を続けながら、瞬は晃平のパンツに手を掛けた。スウェットのパンツはすぐに下ろすことが出来て、晃平の形を変え始めた中心に下着の上から指を伸ばす。  既に下着はしっとりとしていた。 「晃平、ちょっと期待してた?」 「そんなこと……どっちでもいいだろ」  顔を横に背け、真っ赤になる晃平を見下ろして、瞬は少し笑った。  晃平にとって、この行為はなんだったのだろう? と思う。初めは少し強引に瞬が引きずり込んだ関係だったが、こうやって応じてくれているということは、嫌ではないのだろう。相手は誰でも、セックスという行為自体に溺れるような性格でもない。友達だから、みんなしてることという瞬の嘘にずっと騙されているのか、それとも――  ――好き、だから……?  そんなはずはないだろう。もちろん憎からず思ってくれているだろうが、自分のように恋などはしていないだろう。  でも、今だけは、そう思い込んでいたい。  晃平は自分を好きだからこうやって体を預けてくれているのだと。 「晃平……」  好きだよ。  言葉にはせず、キスをする。止めていた手を再び動かし、下着の中へと指をしのばせると、晃平の中心がふるりと震えた。瞬は容赦なく、それを掴み、ゆっくりと刺激する。 「やっ……」  晃平がいつもよりも高い声で啼く。きっとこの声は自分しか聴いたことがないのだろうと思うと、この瞬間、優越感で満たされるのだ。いまの晃平は自分だけのものだと思えて、嬉しい。 「もっと声聴かせて、晃平」 「だめっ……隣、響いちゃう……!」 「いいよ、もう。明日で卒業なんだし」  瞬がそう言うと、晃平の手が瞬の袖を掴んだ。驚いて晃平を見やると、その目から涙が零れていた。 「……言わないで。今は、それ、言わないで」 「……うん、わかったよ」  晃平の頬を転がる涙を舌先で掬うと、瞬はそのまま首筋へとキスをした。強く強く吸い上げて痕を残す。これが消えるまでは晃平は自分のもの――そう思いたかった。  瞬は晃平の下肢に絡まっていた衣服を全てはぎとると、自分も着ていたトレーナーを脱ぎ捨てた。晃平がそれをなんだか嬉しそうに見上げている。 「何? 晃平、見とれてる?」 「うん……僕、瞬がそうやって服脱ぐの見上げるの、好きかも」 「えー、晃平のえっち」 「そういうこと、してるんだから……」  冗談っぽく言うと、晃平は赤くなって言い返した。瞬はそれに微笑んでから、そうだよな、とキスを落とす。 「じゃあ、期待通り、気持ちよくなろう、晃平」  瞬はそう言うと晃平の中心から、脚の間を通り、後ろへと指で辿った。双丘のはざまに指を伸ばして、一点で止める。晃平の先走りで濡れた指先は、思ったよりも簡単に中へと招かれた。 「あっ、待って、まだ……」 「痛い?」 「痛くない、けど……」  晃平が困ったように瞬を見上げる。その少し困ったような表情にピンときた瞬は、大丈夫、と言葉を返した。 「すぐに終わったりしないから。今日は、晃平のこといじり倒したい気分なんだ」 「何、それ……」 「何回いってもいいよ」 「……ばか」  瞬の言葉に呆れたのか、晃平はそれだけ言うと抱え込んでいた枕に顔を埋めた。その耳が赤くなっているのが可愛かった。  瞬はそんな晃平を見つめながら、入り口を拓くように指を進めた。縁を擦る様にぐるりと辿ると、晃平の体が波打つように震える。立てた膝は、瞬が触れるたびに戦慄いていた。 「晃平、体、横にしていいよ」  瞬はそう言いながら晃平の膝を倒す。胎児のような体勢になった晃平の背中側に瞬も横になった。こちらに向けられた蕾に、瞬は更に自身の指を差し入れ、二本に増やした。中を撫でるように動かすと、晃平が、あっ、と声を出す。場所はここであっているようだ。瞬はその場所をしつこく撫でながら、少しずつ道を広げていった。 「あっ、あっ、やぁ……しゅん、しゅん!」  ぎゅっと体を縮め、必死に枕で声を押し殺しながら晃平が声を上げる。 「いい? ココ、好きだよね? 前も一緒に触ってあげる」  瞬は片手を前に伸ばし既に腹に付きそうになっている中心を握る。上下に扱くように愛撫すると、晃平は一際大きな声を上げた。 「隣に聴こえちゃうよ?」 「だって、瞬が、瞬がっ、も、やだぁ……」  後半は泣き声のようになってしまった晃平に瞬は、ごめんね、と項にキスをした。 「俺が悪いよね。このまま入っていい? 晃平」 「や、やだ。こっち……」  晃平はふるふると頭を横に振ると、体をこちらに向けた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、晃平からキスをする。 「顔、見てたい……」 「ん……俺でよければ」  瞬は起き上がると、晃平の体を仰向けにして、両脚を抱え込んだ。下着から自分の中心を取り出し、晃平の蕾に当てる。 「いい? 晃平」 「うん……」  晃平の頷きを見てから、瞬は最奥を目指して自身を埋め込むように腰を押し進める。晃平が辛そうな顔をするが、瞬はそのまま根元までぴたりと飲み込ませた。  どうしても一番奥まで犯したかったのだ。他に誰も触れないところへ触れたかった。 「しゅ、ん……なんか今日……奥……」  荒い息の間から晃平がそう告げる。自分の腹に手を当て、存在を確かめているような晃平の姿に、瞬はぞくぞくとした。 「今の晃平、めっちゃエロ……動くよ」  晃平の返事を待たずに瞬が腰を動かす。そのリズムに合わせるように晃平が喘いだ。  シーツを握りしめ、乱れた息の隙間から漏れる声は艶めいていて、ずっと聞いていたくなる。でもこんなのずっと聞いてたらいきっぱなしだな、なんて考えながら、瞬は晃平を見下ろしていた。 「しゅ、も、いっちゃ……!」 「ん、いいよ。俺も」  晃平が潤んだ目でこちらを見上げる。瞬はそれに応えるように腰の動きを速めた。 「瞬……!」  自分の名前を呼びながら、好きな子が絶頂に達する、そんな姿を見られるなんて、本当に幸せだと思いながら、瞬も晃平の中に精を吐き出した。  冷たい空気に身震いをして、瞬は目を覚ました。また気を失わせてしまった晃平を見つめているうちに一緒に眠ってしまったらしいのだが、隣に晃平はいなくて、瞬は起き上がった。  窓辺に下着一枚で立つ、晃平がいた。  今にもそのまま消えてしまいそうなその姿がなんだか怖くて瞬は、晃平、と呼びかけた。 「何か着ないと風邪ひく」  ベッドの下に落ちたままだった晃平のパジャマを拾い、投げると、自分もパジャマを着こむ。傍に寄ると、晃平は少しだけ微笑んだ。 「今日で最後だな、と思って」 「明日で卒業ってこと? それとも俺とのこと? 名残惜しいのはどっち?」  そう聞くと、晃平は、前者、とあっさり答えた。晃平ならそう答えると分かっていた。瞬とのこと、なんて言われたら二度と晃平から離れられない。  晃平と他愛もない話をするのもきっとこれが最後だ。伝えたいことはたくさんあるのに、冗談みたいな軽口しか出てこない。  晃平も笑って聞いているが、どう思っているのか、こんなに傍に居たのに分からない。  伝えられるのは今しかない。  言いたい――言えない。  瞬は一度大きく呼吸をしてから少し真面目な顔を向けた。 「ありがとな。三年間、ホントに楽しかった。晃平に会えて、一緒でよかった」  好きだなんて、言えるはずがなかった。これから大学生になって、父親の後を継ぐ晃平と、しがない整備工見習いとでは、どう考えても釣り合わない。いつか、晃平を傷つける存在になる。  驚いた顔の晃平を見ていたら、このままどこかに連れて逃げてしまいたくなりそうで、瞬は晃平から目を逸らした。 「なんか、めっちゃ恥ずかしい! 俺、自販機でなんか買ってくる!」  瞬はそう言って部屋を出た。閉めたドアに体を預けてしゃがみ込むと、大きくため息を吐く。静かな廊下には、音が一つもなかった。 『……ずっと好きだったよ、瞬』  静かすぎたせいで、部屋の中の晃平の声が微かに聞こえた。きっと、ドアにくっついていなければ聞こえなかった言葉だ。 「……俺もだよ、晃平」  囁くように呟いてから、瞬は立ち上がった。  明日はきっと笑顔で、またなって言うから。じゃあな、元気でって、肩を叩いて、手を振るから―― 「くっ……!」  今だけは、溢れる涙を止めずに流しておきたい。  いつかきっとこれもいい思い出になるのだろうか――  瞬はそんなことを思いながら、真夜中の廊下を雫で濡らしながら、一人歩き出した。
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