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 そうしているとエレベーターはロビーへと着き、扉を開いた。井垣が颯爽と歩き出す。晃平もそれに慌ててついて行った。受付まで来ると、会社でも指折りのイケメンと評される井垣だ、女子社員から次々に声が掛かった。晃平はその度にカバンを奪い返して先に会社を出ようと試みたが全て井垣にかわされてしまった。 「晃平くんはさっきから何してるの? カバンはおれが持つって言ってるだろ」  君はついて来ればいいんだよ、と言われ晃平は仕方なく頷いた。もうこうなったら嫌でも何でもついて行ってさっさと食事を済ませてしまおう――晃平はそう決めて歩き出した。 「あ、ひょっとして手持ち無沙汰ってやつか? だったら、おれと手繋ぐ?」  そのふざけた言葉に晃平は井垣を睨みあげた。 「バカなこと言わないでください! 行くのやめますよ」 「冗談だよ」  ごめん、と軽く謝って、井垣は歩き出した。ため息を大きく零してから晃平もそれについて会社を出る。 「井垣さんは冗談がすぎます。大体僕が好きとかそんなことだって……」  冗談なんだ、と言おうとしたその時だった。往来から、晃平、と呼ばれる声が聞こえて晃平は辺りを見渡した。 「仕事中悪い。でもどうしても話がしたくて」  そう言って駆け寄ってきたのは他でもない瞬だった。その姿に晃平は動揺したまま視線を足元に落とした。耳の奥で自分の鼓動が聴こえる。 「晃平くん、彼は?」  井垣が瞬を見つけると、晃平を守るように一歩前へと出た。 「友達です」 「友達?」  井垣が聞き返すのも当然だろう。友達に対してこんなに怯えるなんておかしいと思うに決まっている。 「晃平……少し時間貰えないか」  瞬が晃平の目の前に立つ。晃平はゆっくりと顔を上げた。瞬の真剣な顔が見える。 「見積もりなら、貰ったよ。さっき、工場長さんに依頼の電話も入れた」 「聞いたよ。でも、俺は晃平の話を聞きたい。仕事じゃなくて、昨日のことを聞きたい」 「――ごめん」 「え?」  晃平の言葉に瞬が寂しそうな顔を向ける。その表情を見て、晃平は言葉を繋いだ。 「昨日はごめん。あんなのよくないよね」 「いや……ていうか、俺が……」 「悪くないよ。瞬は何も、全然悪くないんだ」  晃平が言うと、瞬はほっとした顔をした。そしてすぐに気鋭ないつもの顔に戻る。 「そっか。安心したら腹減ったよ――晃平、もう食った?」 「いや、まだだけど……」  晃平は言いながら井垣を見上げた。そこで初めて井垣の存在に気づいたらしい瞬は、晃平の隣に視線を合わせた。 「これから、仕事……ですか?」 「まあね。君は? 晃平くんと親しいようたが」 「友人です。もしよければ、少し晃平借りたいんですけど」  一時間くらいでいいんで、と瞬が井垣に臆することなく言う。晃平は、はらはらと二人の様子を見ていた。井垣が何を言い出すかわからなかったからだ。 「……晃平くんがそうしたいなら、いいよ」  しかし意外に井垣はそんなことを言って晃平を見やった。驚いて井垣を見上げると、その顔がゆっくりと頷く。 「じゃあ、すみませんが少しだけ」 「そうか。おれとは今度、ゆっくりとにしよう。いい店を見つけておくから」  井垣はそれだけ言うと晃平にカバンを差し出した。晃平が慌てて受け取る。 「じゃあね」  優しい笑みを浮かべ、晃平の頭にぽんと手を乗せてから井垣はその場から歩いていった。 「今の、会社の上司?」  二人のやりとりを見守っていた瞬が眇めた目で井垣の背中を見ながら晃平にそっと聞いた。 「ああ、先輩だよ。研修の時世話になって、以来よくしてもらってる」  晃平が答えると瞬は興味なさそうに、ふーん、と言うだけで往来へと歩き出した。その先に瞬の車が止まっている。振り返った瞬に手招きされて晃平は瞬に駆け寄った。 「乗って。飯行こう」  さっきまでの硬い表情は消え、いつもの笑顔で瞬が言う。その顔にほっとして晃平は頷いて助手席に乗り込んだ。 「晃平が絶対行ったことないような店に連れてってやるよ」 「行ったことないようなとこ?」  聞き返すと、瞬は黙って頷いて車を走らせた。
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