28人が本棚に入れています
本棚に追加
いつも通り練習を終えた一年生は、体育教官室の外扉の前に集まる。今日は二年生と三年生も早上がりのため、練習を終えたさつき先輩が、一年生の前で今日の反省などを話し始めた。先輩は一年生に、練習の時に言えなかったアドバイスや、決まり事などを、あれこれ話していく。自分の練習で忙しいはずなのに、一年生を観察して、事細かに一人ずつ喋る彼女に、私は感服するしかない。
「千里はもっと笑顔で。にぃってしてな。波瑠ちゃんは……」
どうしてさつき先輩は、他の先輩達を黙って見ているだけなのだろう。しかし、そんな私の当然の疑問を、さつき先輩の笑顔は決して許さない。
「りくちゃんは本入部したらみっちり絞り上げてやるから、その気でな〜! 分からん事あったら、周りの皆にどんどん聞いて」
彼女の朗らかな声に、あ、はい。とだけ、私は力なく答えた。さつき先輩は一年生全員に話を尽くすと、コホン。と声の調子を整える。
「それじゃ、今日はこれで練習終わり! 来週の月曜からは、いよいよ各希望種目に分かれて練習します。まあそれほど気張らず、気楽にやりましょう!」
それでは、と彼女が話を終えようとした時だった。
「先輩。来週からは日野先生はいらっしゃるんですか」
よく通った綺麗な声だった。しかし、それは僅かに震えて、不満を隠し切れていない。
千里だ――。
「なんや千里、そんなに日野先生が気になるんか? そりゃ確かにイケメンやけどなぁ……」
「はぐらかさないでください!」
千里の鋭い声に、私を含め、周囲は思わずビクッとする。彼女が声を荒らげたのを、私は初めて聞いた気がした。
「……なんやって。冗談やんか、冗談。今週は忙しかっただけで、来週からはちゃんとお見えになるらしいわ」
「……そうですか」
千里はそう言って鎮まった。しかし、私の目に映った彼女は、その綺麗な横顔を歪ませ、唇を噛み締めて、何かを我慢しているように見えた。
じゃ、改めて、解散! とさつき先輩が言ったのをきっかけに、皆はぞろぞろと離散する。しかし私は、俯いて立ち止まったままの千里を見て、そこから暫く動けなかった。かといって、今の彼女に何と話しかければいいかも分からない。私はそんな自分が情けなくて仕方なかった。
最初のコメントを投稿しよう!