第7話 ようこそ、武山高校陸上部へ 7

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第7話 ようこそ、武山高校陸上部へ 7

 柳の長い葉が風に揺れるのも、今は不気味には思えない。その根元の溜池には藻が浮いて、濃い緑色に所々覆われている。水面の外の私を捉えると、黒い鯉が数匹、息苦しそうに口をパクパクさせた。  静かで落ち着いた霊園だ。まるでこの場所だけ時間が止まっているみたい。立ち止まって周囲を見回すと、私はそう思った。 「すずし……いい所だな……」  私は父の墓参りに来ていた。今日は父の命日というわけではない。こちらに引っ越してきてから、月に一度はここに来ると決めたのだ。私がまだ反抗期のただ中にいた、別離の日々を取り戻そうと。  木漏れ日が宝石のようにキラキラ光る。何を話そう。と私は霊園の小道を進んで行く。足元の砂利が土に変わると、ここから先は聖域だ。空に開けた狭い土地に、数十の墓石が整然と並ぶ。ほんのり線香の、不思議な匂いがした。  この一番先だ。そう思いながら、墓石の間の細い道を、私はギュッと踏みしめる。程よい土の湿りに足を取られ、沈んだ視界を元に戻すと、見知らぬ男の人が低く屈んで、目を瞑り手を合わせている。父の墓石の前だった。一瞬私は戸惑いながらも、そろりそろりそこへ近付く。すると、そんな私に気付いたのか、彼はチラッとこちらを見て、ゆっくりと立ち上がった。 「ああ、すいません、神山さんのご家族の方ですか? おっと、私は別に不審な者ではありません」  私の不審がる目に気付いたのか、彼はそう口にした。 「? どうかしましたか? ……いえ、すいません。お墓参りの邪魔をしてしまいました」  それでは。と付け加えて、彼がその場を立ち去ろうとしたので、私は前のめりに彼を引き止める。 「待ってください! ごめんなさい、こちらこそ変な顔をしてしまって。その、こちらにいらっしゃるということは、神山家と関係のある方ですよね?」 「そうですよ。それがどうかしましたか?」  彼は、奥二重の三白眼を輝かせて言う。 「やっぱりそうですよね。……えっと、その……私の父を、神山(すぐる)の事をご存知ですか?」  私の父は、あまり自分の事を話さない人だった。本人に少し聞けば分かったはずの些細な事すら、私は何一つ知らない。だから私は咄嗟に、父の事を教えてはくれないかと期待してしまったのだ。たった今出会ったばかりの、素性も分からないこの人物に。 「なるほど。優さんですか。……そうですね、隠す必要もないでしょう。優さん、もとい私の叔父には、返しきれない恩があるのです」 「……叔父……?」  私は口をつぐむ。すると、何故か私は突然、鼻の付け根の辺りがぐっと熱くなる。熱い何かが、すっと頬の上を伝った。それは、あまりにも複雑な感情だった。 「……大丈夫ですか? ……ああそうだ、言い忘れていましたね。本当にお久しぶりです。神山りくさん」  彼の穏やかな声が、私の胸に響く。今この瞬間が、私達の運命の再会だった。  顎の先の水滴を、私はさっと拭って口にする。 「お久しぶりです……神山慶さん」
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