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彼の少し鋭い目に、私は父の面影を重ねた。控えめに上げられた口角は、部室に残った写真の中の彼よりも、ずっと優しい別人のように思わせる。
私は墓石の前に屈み、身を瞑って手を合わせ、それから立ち上がった。霊園からの帰り道を、慶さんと話しながら歩く。
「『神山』は要らないですよ。りくさんが、どう思ってるかは分かりませんが、あなたと私は他ならぬ親族です」
ははは。と慶さんはそう、屈託のない笑顔で言う。
「そ、そうですね。なんか変な感じ……」
私は緊張しながら、慶さんのゆったりした歩調に合わせて歩いた。
「私も不思議な感じです。何しろ十年ぶりですからね。随分とお綺麗になって、びっくりしました」
彼の口ぶりに、余計なお世辞は感じられない。私は思わず目を背ける。彼の笑顔は、私の目には少し眩しすぎた。
「さて、肝心な事を忘れていました。りくさんのお父さんの事ですよね」
あ、そ、そうでしたね。と私は片言で返事する。
「偉そうな事を言っておいて、実は優さんとはそれほど普段から親しかったわけではないのです。所詮は叔父と甥ですから」
ですが、と一呼吸おいて、慶さんは続ける。
「たった一度、あれは祖父が亡くなった日でした。あの時の私は、とてもとても大きな選択を迫られていたのですが、その時の私の意志は、父と母に凄く反対されていたのです」
そう言って、慶さんはとても懐かしそうに、目を細める。
「そんな私を唯一尊重して、身勝手な選択を許してくれたのが、優さんです。あの一言が無ければ、きっと今の私はここにいません。それほど、私にとってかけがえのない方でした。……ですから、優さんが亡くなったと聞いた時……」
そこで慶さんは口を閉ざすと、一瞬悲しそうな表情を浮かべてから、再び微笑んで、そんな話です。と私に言った。
「……そうだったんですね」
私は俯いて言う。しかし、私はどこか嬉しかった。父の記憶を、一つでも知ることができた事に、私は心から感謝した。
「少し長くなってしまいましたね。ええと、まだ十一時ですが、そろそろお暇します。りくさんはこの後何か?」
慶さんは、そう言って、石畳の参道の途中で立ち止まり、右手首に巻かれた時計を見ながら、小首を傾げた。
「そうですか。貴重なお話が聞けて、凄く……その、ありがとうございました。私はえっと……これから、友達と遊びに行く予定です」
そうだ。父の墓参りの後、私は千里達との約束があるのだ。思い出したように私はそう告げる。
「そうですか。先日りくさんのお母さんから、高校に入ったばかりと聞きましたが、もう友人が出来たのですね」
楽しんで来てください。と、慶さんは何故か嬉しそうにそう言った。そして、そのすぐ後、慶さんの声を追うように、誰かが小走りで近寄ってくる。その人物を見て、私ははっと息を飲んだ。
「慶、お墓参り終わった? 丁度迎えに来たんだけど、話し声が聞こえてさ〜」
日笠先生だ――。
忘れる方が難しい、あのたまげてしまいそうな美人が、すぐ目の前にいた。
「ああ、そうですか。ありがとう。それではりくさん、私はこれで失礼します。また近いうちに、改めてお会いしましょう」
「はー、相変わらず敬語がかたっ苦しいんやって。……ていうか、りくちゃんに出会うなんてねぇ」
こんにちは。あれ、おはよう? そう、彼女はまじまじと私を見ながら言う。しかし、私は余りに驚いてしまって、言葉が出ない。そんな私を、暫く不思議そうに見つめると、またね、りくちゃん。と言い残して、彼女は慶さんの手を引いていく。そんな光景を前にして茫然とする中、しかし私は確かに気付いたのだ。二人の左の薬指に湛えられた、眩いばかりの輝きに。
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