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第9話 強豪再建 1
新品のトレーニングウェアの袖が、腕に掠れてムズムズしながら、私は廊下を小走りする。青いポリエステルのシューズバッグが、脚を入れ替えるたびに、前後にゆらゆら揺れた。校舎の外に出ると、清々しい風が私の髪を払いながら、ずっと遠くに向かって吹き抜けていった。
「それ、似合ってる」
体育館の分厚い扉の向こうから、千里が顔を出すと、そう言った。彼女の手には、部室の鍵が握られている。ちょうど体育教官室から取ってきたところらしい。
「えへへ、ありがと」
「シューズも買ったのね」
「そうなの。お母さんに相談したら、一つずつだけど、取り敢えずランニングシューズから買ってもらえた」
良かったね。と千里は体育館の扉を閉めて、置いてあった黒色のシューズを履き始める。
「今日から正式に部活なんだよね。なんだかドキドキするなぁ」
「ワクワクは?」
それも! と私は千里に笑顔を向けた。千里がシューズを履き終えて、一緒に歩き出そうとすると、
「やっべぇ、遅刻したぁ〜……ん、なんだお前ら」
突如旋風がすぐ側を吹いたかと錯覚して、私はくるくる目を回した。頭を振って、もう一度確認すると、どうやら上中尾先輩だったらしい。額の汗の跡が、彼が慌てて走って来た事を示している。
「いやいや、そんなのどうでもいいんだ。部室の鍵の当番、今日俺なんだよ。さつき先輩に怒鳴られちまう……そこちょっとどいてくれ」
千里と自分の間に割って入ろうとするのを見て、相変わらず荒々しい人だな。と私は苦い顔をした。
「先輩、鍵なら私が今取ってきましたよ。部活先行って下さい。あとついでですけど、さつき先輩が笑ってました。あいつ殺すって」
千里が表情一つ変えず、淡々と、そう言い終わるや否や、上中尾先輩は血相を変えて、くそがぁぁぁ〜。と明後日の方向へ叫びながら、大急ぎで走っていく。
「ほんと忙しい人ね」
千里がはぁ〜、と肩でため息をつく。
「そうね。上中尾先輩らしいけどさ。ていうか、さつき先輩あんな事言うんだね。びっくりした」
「言うわけないじゃない。作り話よ。当番忘れた上中尾先輩にキレてたのはほんとだけど」
それを聞いて、ふふふ。と私は上中尾先輩の顔を思い出しながらほくそ笑む。
「千里のそういう所、面白くて好き」
「あらそう。ありがと」
千里が小さく会釈して、歩き出す。私は少し後ろをついて行った。ホルダー付きの鍵が、千里の手の中で、カチャカチャ楽しそうな音を立てていた。
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