第9話 強豪再建 1

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 いつもの集合場所について、いつもの場所に荷物を下ろす。アスファルトの舗装路とはいえ、校庭から近いせいか、少し砂っぽい場所に、水筒、シューズバッグ、着替えの入った手提げ袋を置くのには未だに慣れない。 「こんにちは〜」「はいはい、こんちは」  体育教官室から出てきた、サッカー部の白髪の顧問に、陸上部員が頭を下げる。そういえばまだうちの顧問は来ていない。そう思いながら私も同じようにお辞儀した。  まだ部活が始まるまで時間がある。私は決められた通り、今日も鉄のシャフトを担ぎ終えた。 「いいですね〜。りくちゃん、それ新しいシューズですか? めっちゃ似合ってます!」  元気の良い丁寧語が、シャフトを運ぶ私を呼び止めた。  波瑠(はる)ちゃんだ。久我山(くがやま)というこれまた難しい苗字の彼女は、同級生に対しても丁寧語を使う。黒縁眼鏡の向こうの切れ長の目が、いつも私に興味津々だ。どこか育ちの良さを感じさせる出で立ちで、そんな彼女の実家は、武山市内のどこかの神社らしい。 「あ、波瑠ちゃんだ〜。そうだよ、ランニングシューズ。私の足にぴったりなんだ〜」 「うんうん。それに藍色って珍しいですね! 広重ブルーです!」 「……ヒロシゲ……?」  聞いた事のない単語に、私は笑いつつも小首を傾げる。波瑠ちゃんはまだまだ興味深そうに、その場にしゃがみ込んで、じいっ。と私のシューズを間近で観察していた。 「はーーい! 全員、しゅうごーーう!」  そんな折、狭い空間の中を、さつき先輩の声が大きく通る。それを聞きつけて、周囲で柔軟体操をしている者、まだシャフトを担いでいる者達、何やら話し込んでいる者達は、全員目の前の事を放り出して、一目散に集まり始める。私と波瑠ちゃんも大急ぎで向かった。 「一年は、三年と二年の後ろに並んで座って。おい冬井(ふゆい)、男子は任せたわ」 「おう、分かった」  さつき先輩を中心に、忙しなく指示を飛ばす。忘れがちだが、陸上部は形式上、男子部と女子部に分かれている。だから当然、男子部長もいるわけなのだが、当の冬井先輩は、いつもさつき先輩の言う事に素直に従っているだけだ。決してやる気がないという感じではなさそうだが、恐らく彼本人の、普段から変わらない、非常に温厚な性格のせいだろう。 「真理ー、ごめ〜ん。柔軟のマット、マネさん達で片付けてもらっていい? あと氷嚢準備もお願い〜」  分かったよー。と真理先輩は冷静に返事する。このように、部活の裏方のマネージャー達は、部活が始まる前から大忙しだ。慣れた手つきの真理先輩を、二年の先輩と千尋ちゃんが追いかける。チラリと彼女達を見て、並んで話を聞いているだけの自分に、私は少し罪悪感を感じるのだ。 「オッケー、じゃあ皆座って。日野先生呼んでくるわー」  学年ごとに横一列、まっすぐ綺麗に座る。ざわざわと騒めく先輩達に釣られたように、私もうずうずして止まず、黒目だけ動かして周囲を見回した。体験入部の時よりも、僅かに一年生の数が多い。そうか。()()()()だもん。当たり前だよね。と、私は納得した。 「おーい、りくー。なんだかワクワクするねぇ」  ツンツン、と肩を突かれて、私は思わず背筋を震わせる。いつの間にか千尋ちゃんが背後に座っていた。 「なんだー、千尋ちゃんか……びっくりしたよ」  面と向かうことなく、私達はコソコソと話し続ける。 「なんだ、ってなんやって。仕事終わったから、マネさんズも並んでんやけどー」 「そっか、いつもお疲れ様」 「ん、それは前も聞いたような気するけど、まいっか。それよりそれより、日野先生ってどんな人なんやろね。イケメン、イケメンって、皆の間じゃ有名やんか」  千尋ちゃんの声が心なしか弾んでいるように聞こえる。確かに彼女の言う通り、日野先生の前評判は、女子陸部内で非常に高い。日野先生ってどんな人やろ。楽しみ〜。なんて惚気た声が、前の方からも聞こえてくる。 「うーん、私はそういうのあんまり興味ないかな……あれ、確かにそういうのは興味ないけど、なんか興味があるような気もする……」  何それ意味わからんわ。と千尋ちゃんが呆れた風にのたまう。私は先週の千里の発言を、まだ忘れていなかった。 「起立!」  すると突然、冬井先輩の檄が飛んだ。先輩達はそれに合わせて素早く立ち上がる。一年生達も少し遅れながら、それに合わせた。 「こんにちはー!」  先輩達の大きな挨拶が響く。こ、こんにちは。と私も頭を下げる。どうやら、日野先生よりも先に、日笠先生がやって来たらしい。 「こんにちは。まだ日野先生はいらっしゃらない?」  日笠先生が、最前列の誰かに問う。相変わらずの美貌だ。私なら緊張して答えられないかもしれない。そう考えながら、凛とした表情の日笠先生を眺める。そんな私は、彼女の左手がどうしても気になった。 「日笠先生! こんにちは。日野先生なら、もうすぐいらっしゃいます」  日笠先生の来た後を、さつき先輩が駆けてきた。結構な勢いで飛び出したはずなのに、息一つ上がっていない。するとすぐに、再び挨拶が飛ぶ。漸くお出ましのようだ。 「はいはい、お疲れお疲れ。取り敢えず全員座れー。足は崩しとけよ」  ジャージ姿に、すらっとした体つきと、それに似合ったフランクな話し方。短く切り揃えられた前髪の向こうから、私達を睨み付けるように、切れ長の目が強い視線を送っていた。
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