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「マネージャーやりませんかー! サッカー部でーす」
「バレー部でーす、やる気のある人、みんなで楽しくやりたい人、初心者の人、歓迎でーす!」
春の陽気に包み込まれて、私も、他の初々しい新入生達も、どこかふわふわと落ち着けずにいるようような気がする。
放課後の校舎に響く勧誘の声も、この陽気にはやはり慣れないというように、浮ついて仕方ない。
「りくー、行こ行こー。わたし校庭の方見に行きたい」
東京から引っ越してきたばかりで、友達の一人でも出来るだろうか。と心配だったけれど、入学早々、すぐ後ろの席の、千尋ちゃんという友達が出来た。こんなにすぐにちゃん付けを飛ばして、下の名前を呼び捨てにされるのは、もしかすると人生で初めてかもしれない。
「待って、千尋ちゃん、おっとと」
慣れないセーラー服、慣れない上履き、何もかも馴染みが無いまま、ふらふらしながら歩いていると、
「こっち、こっちやって、りく!」
「わわ、すいません、通ります。うわっ」
私はいつしか人混みに迷い込んでしまい、千尋ちゃんが遠のいていく姿を夢中で追う。
押し合いへし合い、どうにか飛び出ると、そのままの勢いで、私は誰かにぶつかってしまった。私はそのまま跳ね返されて、すとんと尻餅をつく。
「いてて、あっ、すいません」
私は腰をさすりながら、申し訳なさを隠さずに、恐る恐る見上げると、日に焼けた美しい小麦色の肌に、魂を吸われそうなほど大きくて丸い瞳をした、目に眩しい女の人が見下ろしている。左眼の下の小さな泣きぼくろが、私を心配そうに覗き込んで、
「ん、なんともない? ほら、はよしねの」
……はよ死ね? もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?? と私は聞き慣れない言葉に動揺しながらも、同時に小さく開かれた、薄紅色の唇に見惚れてしまっていた。
「ねぇ、ほら大丈夫? 手伸ばして、はよ」
「あ、はい……」
指の先まで細くて長い、差し伸べられた手を掴むのが、私には身に余るようで、気が引けながらも、
「よいしょ、ってあなた一年生? かわいい顔してぇ。……もしかして部活見学? それならうち見に来てよ」
私はそおっと右手を伸ばしながら、
「えっ、えっ。あ、ありがとうございます。でも私友達と一緒に来てて……」
「え〜、友達ぃ? 見た感じ誰もいないけどなぁ。ね、ね、すぐそこやから行こっさ」
私に抵抗という二文字は無かった。ぽわっと、自分の小さい胸に、ほんのり暖かさを感じながら、腕を引かれていた。
例え千尋ちゃんを置いていってでも、彼女の誘いに、従わずには居られない自分を、私自身少し怖いと思いながら、私は春の浮ついた空気を忘れていくのだった。
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