第10話 強豪再建 2

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 日野は椅子に座ったまま、自分より低い位置に立っている部員達を一瞥する。 「お前ら、何がしたいの?」  突然発せられた、日野の低い威圧的な声に、部員達は全員凍てついた。やれやれ、と日野は青い天井を見上げて、それからまた私達を睨みつける。 「聞こえなかったか? 何がしたいって聞いたんだが。おい、冬井。質問変えるけど、お前はさっき何してた?」  冬井先輩は、少し怯えた様子で口を開く。 「……ステップ練です」 「じゃあその前は?」 「ランニングです」  そうだな。と日野は小さく納得する。 「で、結局それで何がしたかった? ちょっと汗かけばいいくらいってか?」  部員達は誰も答えない。その殆どが、ただ、静かに俯いたり、怯えたりしているだけだ。それを見かねて、日野は鼻を鳴らして言う。 「取り敢えず、お前らランニングから全部やり直せ。先生が良いって言うまでな」  突然のやり直しの命令に、さつき先輩が冷静に意見する。 「アップを、最初から、全部ですか?」 「そう言っただろ? 因みに先生が良いって言うまで帰れねぇからな。ほら、分かったら行け」  私はゴクリと生唾を飲む。日野の迫力に、誰一人反論出来ないようだった。彼の無慈悲な言いつけに追い出されるように、皆がまた列を作り始める。そのあまりに異様な雰囲気に、私はずっと黙ったままだった。    なんで何度も何度も同じ事をするんだろう。こんな行為に何の意味があるのだろう。いつまで続くんだろう。そんな取り留めのない考えが、私の頭をよぎる。歩いているか走っているか分からないような、脚が宙に浮いている気分だ。汗が身体のそこら中を流れるにつれて、疲弊と渇感ばかりが増していく。私は思わず、手を膝について足を止めた。 「なんなのあの先生」  吐息と鼻息まじりの声が小さく発せられる。みちる先輩は、そう口にするとすぐに小走りを始めた。三度目のステップ練に飽き飽きしたのか、普段の温厚な素振りからはとてもかけ離れた声だ。 「りく、止まっちゃ駄目。すぐ戻るわよ」  千里が背後から私の肩をポンと叩く。私に向けられた彼女の顔は、疲れ知らずでまだまだ平気だと言わんばかりに、こちらに向けられている。 「……千里は、 ……はぁ、はぁ。嫌になんないの? ずっと同じ事しててさ」  不満など口にするつもりは無かったのに、自分の意思に逆らって、私の口は勝手に動いた。パクパクと唇が居場所を失ったように挙動する。 「嫌。こんなの明日もするなんて絶対に嫌」  千里は即答する。その言葉に偽りは全くないだろう。 「だけど私は走りたい。明日も、明後日も、ずっと走りたいから続けるの。こんな事で認めたくない、自分の敗北なんて」  真剣な彼女の眼差しは、一点の曇りなく私に向けられていた。そんな彼女を見ていると、私まで嫌な気分がカラッと晴れてしまうのだ。私はふと一瞬視線を落とす。 「……千里は強いね」 「そんな事ない」  ほら、と差し出された手を見て、私は手のひらに滲んだ汗を、ズボンの裾で乱暴に拭いた。自分と変わらないくらいの、細くて小さな千里の真っ白な手は、思っていたよりずっと暖かく感じた。
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