第11話 強豪再建 3

1/1

28人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

第11話 強豪再建 3

「おーい、お前ら、いっぺん集まれ。駆け足なー」  今まさにステップ練が四周目に入ろうとした私達を、日野が味気なく呼び止める。それに従って、部員達はそそくさと掲揚塔前に集合した。部員達はだれもが皆、最初の集合の時よりも呼吸を激しくしていた。日野に向けられた目は鋭い。 「んで、今何回目だっけ? 暇だから忘れちまった」  髪をバサバサと掻きながら、日野は腕時計を気にしている。 「三周目が終わって、次が四周目です」  吐息まじりに、誰かがそう答えた。 「そっか、結構やってたんだな。馬鹿の一つ覚えみてぇに」  その言葉にカチンと来たのか、ずっと我慢をしていたに違いない、上中尾先輩の不満が爆発した。 「馬鹿の一つ覚えってなんすか。アンタがやれっつったんだろ! つうかこんなの何の意味があんだよ、本当に馬鹿みてぇじゃねぇか!」  馬鹿! と上中尾先輩の横柄な口答えに、さつき先輩が即座に叱責する。 「なんだ、上中尾。ちょっとは言うじゃねぇか。じゃあな、ちょっと聞くけど、お前はなんで練習してんだ?」  さつき先輩に咎められて、少し黙ってから、上中尾先輩が一言答える。 「そんなの、速くなりたいからに決まってます」 「だよな。てことは、まだお前は実力がねぇわけだ。自分の理想とは程遠いくせに、偉そうに文句だけは言う」  さっきまで、鋭い目つきをしていた一部の部員達が、それを聞いて萎びる。きっと皆それぞれ心当たりがあるのだろう。 「……だって、何度もアップばっかして、意味ないじゃないですか。こんな事してないで、少しでも早く走るのが上手くなりたいんですよ」  上中尾先輩の声に、先ほどまでの力はない。自分が言っている事は、我がままなんかじゃないと主張する、中学生になりたてに男の子のようだ。 「なら走るのが上手けりゃ、サッカー部に下手くそなんて言っていいんだな? アップなんて適当でも、お前らよりも俺はすげぇってか」  それを聞いて、上中尾先輩は黙って顔を伏せた。日野は彼の行いを責めたのではない。彼のその身の程知らずの奢りを責めたのだ。見透かしたように静かな日野の目を見て、なんとなく私はそんな気がした。それで、と日野が座ったまま上体をこちらに前傾させる。 「別に上中尾だけじゃねぇ。つーか正直なとこ、この部は最低最悪クラスだ。部活のていで、どいつもこいつも自分勝手に『練習』してるだけなんだよ。分かるか?」  部員はただ黙って聞いている。それは当然私も同じだった。そんな私達をみかねて、日野は大きくため息をつく。 「練習中の声かけは無いわ、ニヤついてボソボソ話すわ、ステップ練はスタートがバラバラ。そんな態度で練習すんなら、てめぇら全員部活なんか入らずに自分一人で練習してろよ」  部員達は、そんな日野の正論に、もはや反論する素振りなどない。下を向いて動かない上中尾先輩。さっきの文句を忘れたように、焦燥を隠しきれないみちる先輩。誰しもがそんな様子だった。しかしその中で、目を細めて何かを感じたような様子のさつき先輩と、じっと静かに日野を注視する千里。そんな二人だけが、私には何か特別に感じた気がした。 「鬼龍院、お前中央中だよな」  そう、静寂の中を日野の声が突き抜ける。はい。と千里が答える。あれほど嫌がっていた苗字呼びにも、今の彼女は動じない。 「中央中の練習は、こんなに静かだったか? 遠慮しなくていいから、こいつらに教えてやってくれ」  千里はそんな突拍子もない日野に、一瞬戸惑ってから、ゆっくり、はっきりと話した。 「ランニングは足並みを揃えて、アップの時は列の誰かが声を出して全員一緒にスタート、どんな時も互いに声かけを絶やさない……うちの何倍も元気で、楽しそうな雰囲気でした」 「だよな。強豪ってのはどこもそんなもんだ。お前らにはな、根本的に足りないんだよ、上手くなるって意識とやる気が」  意識とやる気。それは同じ目的の人間が集まれば、自然に顔を出すものだ。それが十分な環境の下ならば、練習はより楽しくて、より効率的に違いない。一人で自分勝手にやるべき事だけをやって、それで練習した気になっているのでは、いつまで経っても上手くなど、速くなどなれない。 「でもそのままじゃ困るんだよ。上中尾が言ったみてぇに、お前らは皆、陸上が上手くなりたいって思ってやってるはずだよな。だったらそのための環境を自分たちで汚染してどうすんだ。一人だけで練習してても、いつか絶対に躓いて起き上がらなくなる。そんな時に助けてくれるのが仲間だ。そのための部活だ」  ステップ練はもういい。と日野は椅子から立ち上がる。 「今日の練習はここまで。ダウンして、その後どっか空いてる教室見つけて、明日からどうするか全員で話し合え。改善が見えるまで、お前らは永遠にランニングとステップ練だけだ」  それだけ言い残して、日野はスタスタと足早に歩いていく。そうもしないうちに、体育教官室の扉がガチャンと閉まる音がした。  部員達は生気を取り戻すと、さつき先輩の指示に従って、ダウンに入る。何だよあいつ。ふざけてんの? などと、小さく文句を言う声が聞こえた。しかし、そんな部員達の目は、最初のランニングの時よりもずっと研ぎ澄まされていたような気がした。  日野の方こそ、自分勝手で横暴だ。言葉遣いも、やり方も汚くてウズウズする。そう考える一方、私は思った。日野は本気でこの陸上部を、かつてのように強く、輝かせようとしているのではないか、と。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加