第12話 強豪再建 4

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第12話 強豪再建 4

 陸上部員達は練習を終えて、薄着の上に適当に何か羽織って走り出す。日野の説教が終わるのと入れ替わりで、日笠先生があらかじめ準備していたように、さつき先輩に鍵を手渡した。  第二視聴覚室は、第三校舎の奥、図書室の斜向かいの部屋だ。教室としても、部室としても、殆ど使われることはないため、普段は施錠されている。 「りく、隣座るね」  千里がそう言いながら、私の右隣に座った。じゃあ私はこっち! と千尋ちゃんが、左に椅子取りゲームの勢いで座る。そのすぐ後ろには波瑠ちゃんが静かに腰を掛けた。  全員が着席すると、すぐにさつき先輩は話し出した。現状の部活を変える必要がある。学年問わずに意見を出してほしい。と。するとゆっくり手が伸びた。 「二年の先織(さきおり)です。つーかそもそもなんすけど、このままじゃ駄目な理由が知りたいっす。別にこのままで良いって思ってる奴だっているんじゃないっすか?」  気怠さの塊のようなこの人物は、いつも面倒そうにピストルを弾いている先織(さきおり)龍之介(りゅうのすけ)先輩だ。とにかくいつも何かとぶつくさ文句ばかり言う、典型的に関わりたくない人だ。彼の人を見下すような態度は、一年生の女子からは特に受けが悪い。 「そもそもウチ、進学校じゃないすか。自称っすけど。先輩達だって受験で部活なんてしてる余裕ないでしょ」 「あのな龍之介、流石にそんな言い方はないだろ」  先輩達の中からすぐに非難の声が上がる。()()という所に腹が立ったのか、それとも先輩に大口を叩く所に腹が立ったのか、そんなこと分かりはしないけれど。とはいえ先織先輩の言い方は直球すぎる。  もう少し周りの事を気にする事は出来ないのだろうかと思いつつ、私は言い合いをする先輩達に気が沈んでいた。 「おいおい。お前ら静かにしろ。喧嘩しにわざわざここに来てんじゃねぇから」  やれやれ、と冬井先輩が騒ついた部屋を嗜める。それでもまだあれやこれや言い合いをする先輩達を、私達一年生はただ黙って見ているのだった。 「静粛にー! あのさ、私からちょっと言いたいことあるんやけど。聞いてもらってもいいかな?」  パンパン、とさつき先輩が手を鳴らす。すると忽ち部屋が静かになるのだから、本当に不思議な部活動だ。これでは冬井先輩の顔が立たないのではないか。私はそんな不安を抱きながらも、さつき先輩に注目する。 「先に謝っとくわ。ごめん。正直さ、私も先生に言われるまで、このままでもいっか、って思ってたんやって。この部活」  さつき先輩は頭を下げて、それから顔を上げてはにかむ。 「でもさ、私、やっぱ思い出すんやわ。中学の時はもっと練習も何もかも辛かったけど、今より楽しかったんじゃないかってさ」  話が進むにつれて、さつき先輩の表情は、どんどん真剣さを増していく。 「だから、皆が嫌じゃなかったら、もっと真面目に、いい部活にしたいの。折角今年、こんなに沢山新入部員が来てくれたんやし、それに中々粒揃いやんか」  それを聞いて、私は部屋を見回して思い出す。今年は多いなぁ、一年! 楽しみ。先輩達がそんな事を言っていたのを。 「でも一応、意思確認くらいはしないとあかんから。実は、日野先生、日笠先生と、それと三年で話し合って、今年決めた目標があるの」  何ですか? 教えてください。と声が上がる。意思確認の必要がある目標って何だろう。そんな疑問が私の頭に漠然と浮かぶ。 「冬井、多数決するから黒板頼む」  はいはい、と冬井先輩は、組んでいた脚を下ろし、所々色の剥げた椅子から重い腰を上げる。 「今年の目標は、総体、新人大会の団体入賞、上位大会三人以上、五種目以上出場」  ザワッと部屋の空気が揺れる。先輩達は、明らかに先ほどまでとは様子が違った。一年生も同じように騒つく。千里も千尋ちゃんも、それとなく驚いた顔をした。 「やっぱり大変なの? その団体なんとかって」  私がそう口にすると、両脇からすぐに説明が入る。 「当たり前やって。上位大会三人以上は、正直そんなに難しくない。さつき先輩と、千里が出場すれば、残りは後一人やもん」 「そう、そこはまだ可能性がある。だけど」  千里と千尋ちゃんは苦い表情を並べた。 「団体入賞なんて夢のまた夢。人数も足りないし、そもそも実力が足りなすぎる」  陸上競技大会は、あまり知られていない事だが、実は高校ごとに順位付けが存在する。各競技ごとの上位出場者、入賞者に点数がつけられて高校ごとに集計されるのだ。当たり前の事だが、点数を集めるには、満遍なく様々な競技に選手が出場し、かつ上位に位置しなければならない。すると、団体入賞を狙うには、圧倒的に人員の数、選手の平均レベルで勝る、強豪校との競争は避けられないのだ。 「じゃあ、多数決するよ。いきなり過ぎて混乱してるかもしれないけど、ちゃんと目標を決めて、それに向かって取り組まないと駄目だと思う。三年はそうしようって決めてるから」  いきなり過ぎるのは間違いない。さっきの先輩達の練習の様子を見た限りでは。  いくらさつき先輩でも、そんなことを言って皆は簡単に納得するのだろうか。私は正直不安だった。  一年生はきっと先輩の言う事に素直に従うだろう。何しろ一年生は、まだ三年間の猶予があるのだから。高校生活の現実を、まだ何も分かっていないからこそ、今は無責任に取り敢えずで賛成に手を挙げるだろう。心の底から、本気でやりたいと思っている私だって、それはきっと例外ではないのだ。しかし、二年生の先輩達はどうだろうか――。そんな事を考えると、私は急にこの場にいるのが嫌になる。いっそどちらにも手を挙げない事が正解なのかもしれない。と。 「……先輩が言うなら仕方ないっすけど」  意外にも、最初にそう口にしたのは、先織先輩だった。ふてくされたような話し方は相変わらずだが、さっきまでとは正反対の事を口にした事に、私は驚きを隠せない。 「さつき先輩に言われたら、二年は文句ないっすよ」  上中尾先輩が気まずそうにそう言うと、お前が決めんな! とみちる先輩が背中を軽くどついてから、独り言のように話し出す。 「でも確かに、私達だって本当はもっと明るく練習できたら良いなって思ってたんです。去年みたいに」  あっ、とみちる先輩は、しまったとばかりに、慌てて口を手を押さえる。それに釣られるように、先輩、分かりました。やれるだけやります。と、二年生は口々に言った。これもさつき先輩の人望のおかげなのかな。と私は目を丸くしつつ、部屋をぼうっと眺めた。 「ありがとうみんな。じゃあ決を取ります。賛成の人」  ハイ! とすぐさま全員の手が上がる。その手に迷いはない。やけにすんなりいってしまったなと思いながらも、私も皆と同じように目を輝かせて手を挙げる。  ただ、私は一人だけ手を挙げずに、ぼうっと窓の外を眺める二年生の先輩がいる事に気が付いた。では反対の人。とさつき先輩が言っても、彼女は手を挙げずに、体を机にぐったり倒した。
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