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第13話 強豪再建 5
下駄箱の蓋を開けると、私の帰りを待ちわびていたかのように、焦げ茶色のローファーがひょっこり出迎える。地方銀行員みたいな古臭いデザインだと、女子生徒から不評な制服も、友達と再会して嬉しそうにしていた。
「あー! りくちゃん今帰るところですか?」
ローファーのかかとに指をかけた時、波瑠ちゃんが私に声をかけた。
「うん。今帰るとこだよー」
「ですよねですよね。折角ですから一緒に帰りませんか? 武山駅側ですよね?」
ちょっと待っててください! と波瑠ちゃんは威勢よく言い残した。下駄箱一つ向こうの簀の子が、小気味よくカタカタ音を立てている。
「あ、りく」
波瑠ちゃんと入れ替わりで、千里が現れる。おつかれ。と言いながら、私のすぐ後ろの下駄箱を開けた。取り出されたスニーカーは、千里に似合わずどこか子どもっぽい。
「千里も一緒に帰る? 波瑠ちゃんも居るけど」
「そう。私はいいけど」
スニーカーとローファーが隣同士に間を開けて並ぶ。余りにも不似合いな顔つきに、心なしか互いに遠慮がちに思えた。
「お待たせしました〜。あれ、き……千里ちゃんも一緒ですか?」
波瑠ちゃんの声が一瞬詰まる。どうやら彼女も既に調教済みのようだ。波瑠ちゃんは目をキョロキョロして、どこか遠慮がちに思えた。
「波瑠が構わないなら私も一緒していいかしら」
千里がそう言うと、波瑠ちゃんは一瞬あたふたと身振り手振りして、それから、お願いします! と大袈裟な角度のお辞儀をした。
「へぇ、千里ちゃんさくらフラペチーノが好きなんですか! 美味しいですよねあれ!」
気付けばさっきまでの緊張感は何処へやら、波瑠ちゃんはいつも通りの調子だ。一旦話し出すと止まらないが、千尋ちゃんとは違ってそれほど騒がしくはない。
「ふふ、私がフラペチーノ好きってそんなに以外?」
そんな波瑠ちゃんに絆されてしまったのか、千里の
表情もどこか柔らかい。
「千里ってさ、あんまり人と喋らないじゃん。もっと皆と仲良くすれば?」
「そうですよ。今日ちゃんと話すまで千里ちゃんの事誤解してたかも」
ふんふん、と波瑠ちゃんが楽しそうに鼻でリズムを刻むのを横目に、そう? と千里が小石を蹴った。コロコロと豊橋の上を小石が転がって止まる。
「千里ちゃんて、あの千里ちゃんですよ。中学校三年間、ずっと雲の上の人でしたから。良い意味で予想外でしたけど」
止まった小石を、今度は私が蹴った。小石はそのまま小脇に逸れていく。
「そうそう、千里って見た目よりずうっと優しいよね〜」
「……何よそれ」
千里が私の脇の下を不機嫌そうに小突く。それが痛いどころかくすぐったくて、私は思わず笑ってしまった。
「美人で、スタイル良くて、走るのは馬鹿みたいに速くて。あとついでに頭も良いなんて、妬いちゃいますよ」
波瑠ちゃんがそう言うと、千里は頬を明らかに赤くした。恥ずかしいのか、怒っているのか、きっと彼女自身もよく分かっていなさそうな、そんな複雑な表情をして、千里はそっぽを向く。
「……誰とでも仲良くするなんて、私には無理。そんな器用に立ち回れるほど、私は強くなんかないの」
そんな彼女の目は、心なしか何処か遠くへと向けられていた。夜の袂に架かる、橋の上の風は凄く寒い。真っ黒な日野山が、開けた盆地に向かって、静かに大きな影を落としていた。
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