第1話 ようこそ、武山高校陸上部へ 1

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 「着いた〜。ね、すぐだったでしょ?」  私が連れて来られたのは、第一体育館と第二体育館の間の、影が差した通行用の舗装路だ。しかしどうやら他の部員の姿はない。 「あ、そうそう、今更でごめんねぇ。私は三年の、廷々(ていてい)さつき」 「ていてい、さん……?」と私があまり聞かない苗字に首を傾げると、 「そう、廷々。よく珍しいって言われるんやってぇ。不思議な苗字よねぇ」  さつき先輩は愛想よく、嬉々として、顔を近づけて言う。その端正な面立ちに似合わない、茶目っ気ある話し方が強く印象的だ。私は虜になってしまいそうで、後退りして顔を引くと、 「それであなたの名前は? かわいこちゃ〜ん」とさつき先輩が私に聞きます。 「神山……神山りくです」  私が怖気付いた様子でそう言うと、さつき先輩は、それまでの緩んだ表情を一変させて、へぇ、あなた、神山さんっていうのね。と妙に真面目な顔をすると、何やらまじまじと、私の顔を舐めるように見回す。それで私は、 「あ……あの、私の顔、何か付いてます……?」とあまり大きくない目を、小刻みに震わせて、さつき先輩に問う。 「うーうん、なぁーんも。でも、よぉーく見ると少し似てるかも」  似てる……? 似てるって誰に? と私は思いながら、とんちんかんな頭を傾けていると、さつき先輩は、すたすたと校庭の方へ歩いていって、 「あれー? そういえば皆まだ外周走ってんのかなぁ、誰もえんなぁ。あ、でも丁度良いか。りくちゃん、ちょっとおいでおいで」  さつき先輩は、校庭の手前の、コンクリートの段差の上で爪先立ちして、周囲を見回して、人気の無い事を確認すると、こちらに手を向けて、手招きしている。私はなんだか恥ずかしく思いながら、さつき先輩と目が合わないように、恐る恐る進んで、隣に立つと、 「ほ〜うら、今日の空、すっごく綺麗やない?」  さつき先輩が眺めている空を、その視線を追うように見上げると、確かに、空は綺麗な水色で、雲の一つも無く広がっていた。 「ねぇ? どこまでもずうっーーと遠くまで、まっさらな空。今のりくちゃんみたい」  突然のさつき先輩の告白に、私は訳もわからず、そ……そうですか? と戸惑いながら言うと、 「そうやって。本当に。……それでさ、そんなまっさらで、綺麗なりくちゃんにさ、私は是非ともうちの部活に入部して欲しいんやって」  とさつき先輩は、私に背中を向けて言います。勧誘にしては、よく分からない、遠回しな事を言う人だな。と思いつつも、 「……部活に? ちょうど部活見学しようと思ってはいたんですけど」 「うんうん、じゃあ取り敢えずうちの部室に来ね。なんでりくちゃんを誘ってるんか、すぐに分かるから」  さつき先輩はそう言って振り向くと、全く自然に、元の笑顔に戻っていた。そして未だ戸惑う私の腕を、おもむろに引いて歩き出す。 「す、すぐにって、そもそも何部なのかも、私まだ聞いてないんですけど……」 「そうかぁ、そうやったね。じゃあいらっしゃい、私達の陸上部へ」  私の心臓は、先輩に引かれる手の振れに合わせて、少しずつ拍動する。それは先輩のせいなのか、それとも私の好奇心のせいなのか、どくん、どくんと脚を一歩進める毎に、ゆっくり大きくなっていくのだった。  
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