第3話 ようこそ、武山高校陸上部へ 3

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 どれくらいの間、私は、千里と二人でいたか覚えていない。ただ、陸上部の拠点に戻ると、何してたの〜。とみちる先輩が心配そうに、私達を出迎えた。  先程よりも、部員が増えたような気がする。練習中に聞こえていた掛け声が、少しだけ大きくなった。そんな校庭を、制服姿の私がじっと眺めていると、ねぇ。と背後から声を掛けられる。トントン、と肩を軽く叩かれて、誰だろう。と思いながら振り向いた。 「こんにちは。制服、って事は見学かしら。お名前は?」 「……あっ、こ、こんにちは」  私はそう、声を上擦らせて会釈した。相手は生徒ではない。私より10センチほど背の高い、スーツ姿の女の先生。高校最初の学年集会で見た、日笠先生その人だ。一年生の中で、男女を問わず評判な彼女の美貌は、近くで見ると、より一層冴えて見える。  生唾を飲んで、神山りくです。と私が名乗ると、へぇ、そうなんだ。と、細くて長い首が、小さく傾げられた。 「神山さん、ね。そっか。神山さんは陸上は経験者?」  私は、いえ、初心者です。と答える。さっきも同じような質問をされたのを思い出した。 「そう、良かった。実は先生も初心者なの。陸上部ってあんまり初心者居なくてね。ちょっと緊張とかして」  そんな安心した様子の日笠に、私も釣られて、漸く安堵した。そういうものなのだろうと思うようにしていたけれど、やはり初心者が何かを始める時、まずは周囲に合わせようとして、精神的に負担が大きいのだ。私の場合それだけではないのだけど、それでも、日笠先生のお陰で、少し気持ちが楽になった。 「今日は日野先生も来れないし、先生もこれからまたちょっと予定があるから。それじゃあ、また明日も部活見に来てね、神山さん」  分かりました。よろしくお願いします。と私が再び会釈するのを見ると、日笠先生は、バイバイ。と手を小さく振って校舎の方へと戻っていく。年齢が近いせいか、教師らしい丁寧な言葉遣いの彼女に、私は親近感があって、反射的に手を振り返しそうになった。  日笠先生が居なくなって暫く、私は左手首を裏返した。そろそろ時間だ。と、帰る旨をさっき先輩に伝えに行こうと始動する。  心配事が増えたり減ったり、人生で一番落ち着きのない放課後だったかもしれない。  そんな私のすぐ側を、男子部員が旋風のように走り過ぎていく。私の制服のスカートが、場違いに揺れた。
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