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 ペダルを踏む。上には抜けるような青空が広がっていて、気持ちのいい天気だった。  貫子が丁寧に説明してくれた道順を思い出す。目印を探して走りながら、初めての景色を楽しんでいた。  以前、行くことができなかった寺を目指していた。念珠郎と初めて言葉を交わした日に、行こうとしていた寺だ。  しばらく走ると、それらしき寺が視界に入った。  希の足が止まる。ブレーキをかける。自転車を停め、寺を眺めた。  あれは、行ってもいいところだよな。  念珠郎の、「あそこには入らないでください」という鋭い声が頭をよぎっていた。あの時、振り返ると、そこにあったはずの寺が消えていた。  今、行こうとしている寺は、本当に貫子から聞いた寺なのだろうか。 「道は間違えてないはず……」  一度目を外してから、再び寺を見てみる。木造の門や建物が、そこにある。今回は消えなかった。 「よし、行くか」  数秒間眺めた後、覚悟を決め、ペダルを踏んだ。  寺は静かだった。駐輪場に自転車を停めた希は、一人で境内を歩く。  最初は、何か念珠郎のような、人ならざる存在に騙されてはいないかと警戒していたが、木陰で寝ている猫や、数人の人間を目にして、少しずつ安心が胸に広がっていった。  テレビや雑誌等で何度も取材されているらしいが、人がたくさんいるわけでもなく、穏やかな雰囲気だ。それでも、やはり背筋が伸びるような、厳かな空気でもあった。  境内はそれほど広くなく、希は三十分ほどで駐輪場へ戻った。  来たときとは別の道を通って戻ると、駐輪場の手前に、僧侶らしき男性がいた。六十代に見えるその男性は、どこかに向かう途中だったようだが、足を止めて挨拶をしてくれた。 「こんにちは」  希も足を止め、こんにちは、と会釈をする。すぐに歩き出そうとしたところで、男性がじっとこっちを見ているのに気づいた。  彼の目と視線があっているはずなのに、こちらの向こうを見ているように感じる。心の中を見透かすような視線だった。無意識につばを飲み込む。
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