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夜、寝ていた希は、人の気配で起きた。
最初は寝ぼけているのかと思って再び瞼を閉じたが、あきらかに隣の部屋に何かの気配がする。
貫子かとも思ったが、携帯電話で時間を確認すると午前一時で、彼女がそんな時間に勝手に上がるとも思えない。
泥棒という二文字が頭に浮かんで、眠気が吹き飛ぶ。
そういえば鍵かけたっけ? と不安になった。寝る前にちゃんと戸締りはしたのに、どこか鍵をかけ忘れたような気になってくる。
起き上がって、廊下に恐る恐る出る。
迷いながらも、隣の部屋の襖の前で、「貫子さん?」と小声で呼んでみた。
返事はない。
勘違いかもしれないが、どうにも気になってしまって、希は深呼吸をしてから襖を開けた。
ふわっと風が体を通り抜けていく。
部屋の中には誰もいなかった。電気をつけてみたが、誰か、もしくは何か生物がいた様子はない。
「……窓は開いてない」
鍵がかかっている。
ほっとした希は、一応戸締りを確認してから布団に戻った。
もう一度眠気がやってきたとき、ふと、「あの風はなんだったんだ?」と思ったが、眠気に負けて寝てしまった。
誰かの気配がするのは、その後も続いた。
最初は怖くて貫子に言おうか迷ったが、言いづらくて言えないまま一週間が経ち、慣れてしまった。
あきらかに何かがいる。けれど、その「何か」は決して悪さをしないし、閉め忘れた扉を閉めてくれたり、電気を消してくれたりと、なんだか手助けしてくれているようだった。
勝手に見守られているような気になって、希は愛着さえ持ち始めていた。
◇
「ただいまー」
「おかえり、希くん。離れの冷蔵庫にゼリー入れて置いたから、食べてね」
「貫子さんありがとう。後でいただきます」
自転車から降りた希は、母屋から出てきた貫子と出くわした。その手には果物があり、首を傾げる。
「どこかいくの?」
「三軒隣の本郷さんのところに行ってくるわ。何人かで集まるの。みんなお喋りだから長居すると思うけど、心配しないで」
「はーい。いってらっしゃい」
貫子の背を見送った希は、自転車を置いて離れに入った。
返事をする人はいないが、「ただいま」と声に出す。
大学生活が始まっていた。履修する授業を決める期間のため、まだ授業は受けていない。
それでも慣れないこと続きで、希は手を洗うと、ごろりと畳に寝転んだ。
「はー、疲れた。いや、そんなに疲れてはないけど」
矛盾した言葉を呟いて、瞼を閉じる。
貫子がくれたゼリーを食べたいが、起き上がるのが面倒だ。
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