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案の定風邪を引いた。
ごほごほと咳き込む希は、かけ布団を被り直す。体は辛いのに眠れなくて、天井をぼーっと眺めていた。
布団の周りには、貫子が用意してくれた体温計や、薬、飲み物、切ってある果物など、色々と並んでいる。
貫子は今日、友人と出かけている。
前から楽しみにしていたのを知っているので、希のことを心配する貫子の前では、元気をよそおってみせた。
じっさいにその時は熱がなかった。が、今は寒気を感じていて、これは上がってきたな、とぼんやり思う。
「はあ……貫子さん楽しんでるかな」
最後に見た貫子は心配顔で、せっかくなら心置き無く楽しんでもらいたかったな、と後悔する。
「はやく治そう……」
そう決意して瞼を閉じる。けれど、意識はぼんやりするのに、なかなか深く眠れなかった。
眠れないとなるとすることがない希は、頭の中で色々なことを考える。
ふと、念珠郎のことを思った。
貫子に訊いてみたが、そんな知り合いはいないとのことだった。
ただ、傘は貫子の家の物で、「よく和傘なんて使ったわねえ」と珍しがられた。そして、「なんで傘を持ってるのに濡れてるの?」と不思議がられた。
後で確認すると、念珠郎がさしていた傘はちゃんと家にあった。誰かが使ったかのように、濡れた状態で。
「ごほっ、ごほっ」
咳き込んだ希は、水に手を伸ばした。けれど、ペットボトルの中身は空で、軽く指先が当たっただけで転がっていく。
「水……」
持ってこなきゃ、とだるい体を起こした時だった。後ろに何かの気配を感じた。
振り返るよりも先に、布団の横に、水の入っているコップが置かれた。たしかに人の手がそこに置いたのを見て、え、と振り返る。
念珠郎が立っていた。
「ねんじゅ、ろ」
驚きで体が動かない。
念珠郎はこの前と同じ、綺麗な紺色の着物姿だった。
静かにしゃがんだ彼は、コップを希に差し出す。
希はぽかんとしながらそれを受け取った。
彼の顔は恐ろしいほど美しかった。先日は傘で隠れていて見えなかったが、今ははっきりと見える。瞳が不自然なほど黒く、長く見ていると心を奪われてしまうような怖さがある。艶のある表情は、妖しい魅力を放っている。夜桜に魂が吸い取られるかのような感覚を覚えた。
「それは薬です。飲んでください」
美しい唇が動く。
中身は水ではないらしい。言われるがままに飲もうとしたところで、希ははっとした。
これは飲んじゃだめだ、と本能が告げる。
コップを口から離した。黙って見ていた念珠郎は、わずかに眉を動かして、希からコップを取り上げる。そしてコップを口につけ、中の液体を口に入れた。
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