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「今日からここを使ってね。自由に使ってくれてかまわないから」
「大きい……」
その離れ家は想像していたよりも大きくて、希はぽかんと口を開けた。
母屋も大きいが、離れもここまで立派とは思わなかった。
貫子が中に入っていくので、慌ててあとを追う。
「貫子さん、本当に僕がひとりで使ってもいいの? 贅沢すぎる気がするんだけど……」
「私は母屋でしか生活しないから、希くんがここに住んでくれると助かるわあ」
貫子は、「布団は干しておいたから」と寝室の押し入れを開けた。
今年から大学生になる希は、大学から六駅離れた、親戚である貫子のもとで暮らす。
もともと一人暮らしをしようと思っていたところに、貫子のほうから、「離れが空いてるからそこを使わないか」と提案してきたのだ。
貫子は七十歳で一人暮らしということもあり、希の家族も、貫子の家族も、すぐに賛成した。誰かが一緒にいれば、何かと安心なのだろう。
「母屋も自由に出入りしていいからね」
「ありがとう。ほんと、ありがとう」
離れには和室が三つと、洗面所、トイレがあり、一軒家にひとりで暮らすかのようだ。
贅沢な体験に、心の底から貫子に感謝する。
離れを見終えた希は、母屋に入れておいてもらった荷物を運ぶために、一旦戻った。
母屋と離れの間には池があり、鯉が泳いでいた。家も大きいが、そもそも敷地が広い。手入れされている庭は、まるで旅館みたいだ。
希は荷物を運びながら、これからの生活に胸を弾ませた。
荷解きがあらかた終わった頃、貫子が離れに現れた。
抱えるようにして持っているガラスケースを、希は急いで「持つよ」と受け取る。
「これ、どうしたの?」
「床の間に花とか飾ってもお世話するの大変でしょう? これを飾るのはどうかと思って。希くんがよければだけど」
ガラスケースの中には、扇子が開いた状態で入っていた。深い紺色が美しくて、目を奪われる。模様はなく、一色のそれはシンプルだが、どっしりと紺色がそこに落ち着いている。光の加減によっては違う顔を見せ、ますます目が離せなくなる。
「すごく綺麗だ……」
「なんでも、百年以上前から家にあるらしいのよ」
「え、そんな大切な物なのに、こっちに置いちゃっていいの?」
「いいのいいの。いつもは誰も使わない部屋に置いてあるから、この子も希くんと一緒にいるほうがいいだろうし」
「ありがとう、貫子さん」
貫子が去っていったあと、希はさっそく、床の間にガラスケースを置いた。
まだやることはあるが、腰を下ろしてじっと扇子を眺める。小さいのに不思議と存在感がある。
希は心を奪われたかのように、いつまでも扇子を見ていた。
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