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初恋の予感?
――俺は、本当の恋なんて知らない。
「好きです、旭くん!」
外廊下に呼びだされた時点で予測はしていたが。俺は今、赤面した女の子に告白されている。
この子、誰だっけ? 確か取り巻きの中にいた気がするけど、よく覚えていないなーなんて。
女の子を前にして、俺はまったくもって不誠実なことを考えていた。
「私と付き合ってください!」
「へぇー」
告白されると、途端に冷める。表情にこそ出さないが、声のトーンがつい下がってしまった。
もう、この子と絡むことはないな。
告白中にも関わらず、俺は早々に結論を出す。
「ちなみに、俺のどこが好きなの?」
「え、それは……カッコイイから」
──やっぱりか。
予想を裏切らない答えに、俺は飽きもせず落胆した。
誰ひとりとして本当の俺を見ようとはしないし、中身なんてどうでもいいんだな。結局のところ、女子が俺に求めるのはこのルックスなわけだ。
自分で言っていて虚しくなるが、俺は複雑な感情を笑顔の奥に封じ込めた。
「ごめん、俺、女の子は平等に好きなんだよね~」
あらかじめ用意していた返事を口にすると、突然バチンッと乾いた音が廊下に響いた。
一拍置いて、じんじんとしだす左頬を手で押さえる。少しだけ熱をもっていて、ビンタされたのだと気づいた。
「私のこと、好きだって言ったじゃない!」
それはきみだけじゃなくて、他の子も含めて好きだって言ったんだよ。それを自分にだけ向けられたみたいに勘違いしたのは、そっちだろ。
鼻息荒く俺を睨みつけている女の子に、俺はため息をつく。
「最低、あんたみたいなチャラ男、こっちから願い下げよ!」
「はぁ?」
なんで俺がふられたみたいになってんの?
走り去っていく女の子を見送りながら、どっと疲労感に襲われる。
正直に言おう。俺は生まれてこのかた、ふられたことがない。いつも俺からふることに優越感を抱いていたところも実はある。
だからか、別に彼女を好きなわけではないけれど、振られたという事実が思いのほかショックだった。
「好きでチャラ男やってるわけじゃねーっての」
悪態もつきたくなるってものだ。
本気で叩かれて、マジで痛いし。俺の平穏な高校生活、どこに行ったかなあ。
心も身体もダメージを受けた俺は、とぼとぼと教室に戻る。できるだけ人目の少ない道を通って階段を上がっていたら、時間のせいか日の光が差し込まない踊り場に辿り着き、足を止める。
もう少しだけ、ここにいよっかな。
教室に戻ったら、またイケてる自分を演じないといけない。でも、その気力が今の俺にはなかったので、その場に体育座りをする。
「はぁぁ~……」
もう嫌だ、こんな生活。恋なんてものはろくなものじゃない。好きでもない人間からの想いなんて、迷惑なだけだ。
「うぅ~」
俺は膝の間に顔を埋める。
女の子が嫌いなわけじゃないけど、しばらく関わりたくない。つーか、俺がなにしたって言うんだよ。
小学生のときから俺が恋愛対象をひとりに絞ると、女子たちは『旭くんの裏切り者』だの『絶対に許さない』だのと罵ってきた。
あげく、付き合った彼女を集団でイジメる始末。まともな恋なんてできやしない。女子が揉めるから、俺は博愛主義宣言してるんだっつーの。みんなが好きだって言えば、穏便に済むだろ?
あーあ、早く卒業してーな、こんな学校。
なんだか情けなくなってきて、頭を抱えてまた唸っていたときだった。
「ギャッ!!」
なんだ、今の?
変な鳴き声が聞こえて顔を上げると、階段の上に光を背にしてこちらを見下ろしている誰かの姿があった。
「誰? きみ……」
少しだけ身体を横にずらすと、その誰かの姿をしっかり確認することが出来た。
長い黒髪と吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。華やかさはないけれど、清楚で綺麗めなその子は、俺を強張った表情で見つめている。
「わ、私は……」
「やっぱいいや、しばらく女の子とは話したくない」
彼女を突き放したつもりだった。なのだが、彼女は俺に近づいてきて、「マカロンでも食べとく?」と突拍子もないことを言い出す。
「は?」
彼女の意味不明な行動に呆気にとられていた俺だったけれど――。
「ふふっ、まあ、とりあえず話を聞かせてよ」
いつの間にか彼女のペースに巻き込まれるようにして、ペラペラと愚痴をこぼしていた。
「傷ついたぶん、きっとこれから素敵な恋ができるよ」
見た人を明るく照らすような女の子の笑顔を見て、心臓が跳ねる。
なんだ、この胸の違和感。
「じゃあね」
遠ざかる彼女の背中から視線を逸らせない。
今まで出会った女の子には感じたことのない、彼女の不思議な空気感に俺は惹かれていた。
ふと、この場に残っている彼女の残り香の存在に気づく。
「バニラの甘い匂い……不思議な子だったな」
しまった、俺としたことが名前を聞き忘れた。
また、あの子に会いたい。何年生だろう、どこのクラスの子だろう。魔法のパティスリーがどうのこうのって言ってたな。明日、誰かに聞いてみるか。
落ち込んでいたのが嘘みたいに、ワクワクしていた。
「絶対見つけるから、きみのこと」
あの子にまた会えたら、きっと俺の世界が大きく変わる。なぜだか知らないけれど、漠然とそんな運命を感じていた。
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