1、イケメン彼氏は突然に?

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「おっ…と、つむちゃん、何か、お代わりは…」  マスターが翔平との話を中断し、笑顔を残したまま、つむりの空のグ ラスに手を伸ばした、そのとき。 「ねぇ、お兄さんはさ、自分がスッゴい頑張ってきたのにさ、全然うま くいかなくて、泣きたくなったときってある?」 「…はっ?俺?」 「んっ?」 翔平が、細くて長い人差し指を、自分へと向け、つむりを見る。 マスターは、空のグラスを掴む手前で、一瞬、固まり、翔平と視線を交 わす。 私は背伸びした猫のように、カウンターにつっぷしながら。 右肘を深く頬に滑りこませる体制となり、そのまま、翔平のそばにもた れるように顔を見上げた。 「俺は……」 明らかに面倒くさそうというか、困った顔をしながらも、彼は彼なりの 答えを出そうと考えこむ仕草をしつつ。 「…俺は、多分、自分が頑張ってきたことが、そのときは、たまたま上 手くいかなかったとしても。泣かないと、思う」 「……へぇ」 「世の中、うまくいかないことだらけでしょ?たとえ、周りが自分の頑 張ってきたことを認めてくれなかったとしても。少なくとも自分は自分 のことを解っているわけだし、無駄にはなんないし…それに」 「それに?」 「俺は少なくとも、自分のことを本当にわかって、信じてくれる人が、 そばに、ひとりだけでもいてくれたら、いいと思うよ」  真っ直ぐな目をして、翔平は、つむりに言ったあと、すぐ視線をそら した。マスターは口を少し尖らせ、音のない“ヒューッ”を鳴らしたあ と、にやりと笑った。 翔平の耳が、ちょっぴり紅くなった気がした。 「何か、いいね。お兄さん…んでさ、それってさ、遠回しにさ、自分に は、本当にわかってくれている彼女がいるから心配ないさーっ、的なこ とを自慢してるわけかな?」  つむりは彼の言った言葉が、胸に刺ささる感覚をおぼえていたが。 同時に、何か悔しくもあったりして、わざと歪めた感想を彼にぶつけ、 うさ晴らしをしようとしていた、と思う。 「ちょっと、つむちゃん。他の人に絡んじゃダメだよ?ちょっと、飲み すぎなんじゃない?今夜は、やたらピッチ早いよ」  やわらかな口調で、たしなめるようにマスターが言う。
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