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第16話 南東門の行方
大きく振りかぶったドウモトの斬撃が、マチミヤの頬をかすめた。
判断がもう少し遅ければ、今頃自分の首は運動場に転がっていただろう。
身を翻したマチミヤは、近くに落ちていた刑務官の剣を手に取ると、ドウモトと対峙した。
「あの時、矢が体を貫いたように見えたんやけどな。 なんでお前は生きてるんや? ドウモト」
「ふん。矢に射られたくらいで俺が死ぬかよ」
「……人間なら、普通に即死なんやけどな」
——やはり、コイツはバケモノや。
逃げろ、と本能が叫んどる。 でも…………。
マチミヤはチラリと背後に目をやった。
そこには腹部を刺され、驚きと痛みのあまり気を失ったナナシが倒れている。
彼を置いて逃げ出すわけにはいかなかった。
「毎日の刑務作業のおかげで、体力や筋肉には自信があるんやけどな。ワシは、ドウモトに勝てるほどのマッチョではないわな」
自分の体とドウモトの体を見比べてみる。
まるでその差は、大木と小枝だ。
だが、マチミヤは諦めてはいなかった。
頭の中で、作戦を瞬時に練り始める。
——普通ならこの喧嘩、間違いなくワシが瞬殺されて負けるやろうな。
せやけど、相手は矢に射られて倒れてたばかりの負傷者や。
流石のバケモノといえど、その傷は深いハズ。
上手く、そのハンデを利用すれば……。
……その時、再び鋭い斬撃が、マチミヤの元へと突っ込んできた。
ななめに襲いかかってくる剣を、マチミヤはかろうじて跳ね返したが、掌を走った衝撃は尋常ではなかった。
——か、肩が。 外れる!!
しかしその痛みが消えるよりも早く、次の攻撃が襲ってくる。
なんとかマチミヤは、それを本能でかわし続けた。
「おい! てめぇ、逃げるんじゃねぇ!
剣で打ってこいや! この腰抜け!」
——ドウモトのヤツ、無茶苦茶言いやがって。
腕がもげるわ、こんな剣を何度も受け止めたら。
マチミヤがこんなバケモノと渡り合っている事は、まさに奇跡であった。
「ああ、くそ! しゃらくせぇ!」
ドウモトはそんな苛立ちの声を上げると、何を思ったのか、剣を投げ捨てた。
「……なんのマネや?」
マチミヤが訊ねる。
「よくよく考えればわざわざ剣なんて使わなくとも、手間はかかるがてめぇを殴り殺せば済む話だ。
剣の良さは一撃で仕留められる事だが、チョコマカ逃げられちゃ、それも当たらない。
だから剣を捨て、スピード重視でいかせてもらう」
——なるほど、考えやがったな。
マチミヤはギリギリと歯ぎしりをさせた。
だがそれも長くは出来なかった。
何故なら、ドウモトの拳が飛んできたからである。
慌ててかわそうと体に力を入れたが、それは出来なかった。
戦いによる疲れが、体に蓄積していたのである。
——ちくしょう、動けや! ワシの足!
もう間に合わない。
マチミヤは慌てて両腕を顔の前で交差させ、防御の姿勢を固めた。
……しかしその防御は、ドウモトの攻撃の勢いを弱らせる事には成功したが、完全に防ぐ事までは叶わなかった。
両手の骨が砕ける嫌な音がして、そのままドウモトの拳が顔に直撃し、歯が折れ、血が辺りに飛び散った。
マチミヤの身体が大きく吹っ飛び、地面に叩きつけられる。
——なんやねんッ! コイツの攻撃!
こんなの馬車とぶつかる、人身事故レベルやないか!
マチミヤは口から垂れる血を拭いながら、辛うじてようやく立ち上がった。
意識が朦朧とする。
もう倒れてしまいたい。
——だがここで倒れてしまったら、文字通り本当に全てが終わる!
何かないのかッ!? 何か…………。
その時、マチミヤの目に、あるものが目に入った。
それはドウモトの胸に刺さった大きな矢。
痛々しく刺さったその胸元から、血が滴り落ちている。
その時、マチミヤの頭の中で、大きな閃光がはじけた。
勝ちへの、一つの道がひらけた瞬間であった。
——だがこれを成功させるにはもう一撃、ドウモトの攻撃を受ける事が大前提となる。
あの痛みをもう一度か……。
だがその覚悟は今、決まった。
犠牲を無くして、自由は得られない。
既に骨が折れ、感覚が無くなった腕の痛みに歯を食いしばって耐えながら、マチミヤは再び防御の姿勢を取った。
「……ハッ。まだやるってのか?
腕が折れて、死ぬほど痛いだろうに。
諦めが悪いなァ、てめぇは!」
満身創痍のマチミヤを見て、勝利を確信したのだろうか。
なんの疑いも持たず、ドウモトは再び叩き込んでくる。
その拳をマチミヤは再びボロボロに折れた両腕で、真っ正面から受け止めた。
だが今度もそれの勢い自体を止める事は出来ず、攻撃は腕を突き抜ける。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
すでに骨折していたマチミヤの腕に、さらに大砲級の攻撃が襲い掛かったのだ。
その痛みは尋常なものではない。
マチミヤは、吹っ飛びそうになる意識をなんとか引き戻しながら、歯を食いしばって必死に耐えるのだった。
だが、ドウモトの攻撃はまだ終わらない。
そして今度は、ドウモトの手がマチミヤの首へと伸びると、容赦なく締め上げ始めた。
ドウモトの両眼が、殺意による赤い光で輝き始める。
「……苦しいだろッ?
このまま締め殺してやるよ! マチミヤァァァ」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。
ドウモトはその手に、どんどん力を加えていった。
——こりゃキツイで……。首の骨も、折れるッ!
口から血反吐を吐いて苦しむマチミヤの姿を見て、ドウモトの表情からは邪悪な笑みが溢れた。
……このまま、首にある頸骨を折ってやるッ!
マチミヤを、殺す! 殺す殺す殺す殺す殺すッ!
……ところがその時。
ドウモトのその笑みが、不意に崩れた。
彼の胸部に、耐えがたい激痛が走ったのである。
刺さっていた弓の矢が体の中で折れ、その先が宿主の心臓へと突き刺さったのだ。
「……ク、クックック。
よ、よそ見するからやで? ドウモトくん」
勝ちを確信し、油断をしていたドウモトの矢部分をマチミヤが大きく蹴り上げたのである。
マチミヤの傷は、すべてこの瞬間の『蹴り』の為の布石であった。
ドウモトの口からゴボゴボと大量の血が噴き出す。
やがてマチミヤの首にかかっていた手の力が緩み、そのまま彼の体は地面に叩きつけられる。
「流石のバケモノでも、矢が心臓に刺さってしまったら、そら死ぬよな」
マチミヤは締め付けられた喉をさすりながら、そう呟いた。
武闘派のドウモトグループのトップに喧嘩で勝利した、初めての瞬間。
マチミヤの胸に、熱いものがこみ上げてくる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
思わず、運動場中に響き渡るほどの、雄叫びをあげた。
だがその瞬間にズキリ、と強烈な痛みが首と両腕を襲う。
苦笑しながら、マチミヤはその場にかがみ込んだ。
こうして、自由に繋がる『南東門』の最後の門番すらも倒したマチミヤ。
彼は思い出したように、慌てて背後に目をやった。
ナナシはまだスヤスヤと眠るように、その場で横たわっている。
「ほら、起きろ。 ナナシくん。
終わったで? 外の世界にいよいよ行く……」
だが、マチミヤはその言葉を最後まで言い終えることが出来なかった。
無理もない。
マチミヤはドウモトに歯を折られ、両腕の骨をバラバラにされたのだ。
そのダメージと、疲労は計り知れない。
——なんや、ここでワシは眠ってしまうのか。
それがマチミヤの心の中で呟いた、最後の言葉であった。
こうしてマチミヤの壮絶な戦いの一日は戦いの勝利と意識を飲み込んだ闇とで、締めくくられた。
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