第一話 刑務所の中の男

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

第一話 刑務所の中の男

……約1000年前。 女神インバダの手によって、人間という種族は 魔物達がはびこる危険な、この世界の中心で生まれた。 鋭い牙や鉤爪、外敵から身を守る硬い鱗などを 持たぬ弱き人間達は、もちろん多くの魔物達から標的にされた。 多くの人間たちが魔物に喰われ、絶望の声を上げながら死んでいく。 それでも人間達は希望を捨ててはいなかった。 皆、女神インバダの救いを求めて天に祈り続ける。 何度でも、何度でも…………。 やがて、その祈りが通じたのだろう。 天界より再び降臨された女神インバダは、その大いなる力で迫りくる魔物達を打ち払った。 そして残された人間達のために、 女神インバダは善の心を持つ一人の青年に、 大いなるを授けられた。 それは何度殺されたとしても生き返る、 不死身の力。 後にその不死身の力を与えられた青年は、人々から「勇者」と呼ばれ、魔物たちの脅威から人々を守る守護者となった。 そして人間達は、自らが住むこの世界の中心の地を「インバダ王国」と名付け、繁栄していくのであった…………。 (インバダ創世記) ******         16:00 所長室 「なぁ、いい加減考え直せ。 お前はもう刑期を終えた。もう自由なんだぞ?」 所長が言った言葉に,僕は黙って首を振った。 「どうしてなんだ? 私に教えてくれ! どうしてお前は,『出所命令を拒否』する⁉︎」 案の定、それを見た所長は顔を真っ赤にして僕の肩を掴む。 しかし、何度所長に尋ねられたって、僕は首を振り続けた。 否,そうする事しかできなかった。 ——僕は刑務所から出るワケにはいかないんだ。 何故なら外の世界には,僕を殺そうと血眼になって探し回る,『勇者』がいるのだから。 そうそう,いい忘れていた。 ——これは、『逃亡』の物語。 現在勇者に追われる身であるこの僕,『ナナシ』の物語だ。 ******* インバダ王国の最北端。 魔物達がうごめく『危険区域』の境界線、 そのすれすれに存在する『インバダ国立刑務所』。 その所長室内に耳が痛くなるほどの大声が響き渡ったのは、もう今日で7度目のことである。 声の主はこの刑務所の所長であり、その声の対象はこの僕だ。   しかし、僕はただその場で俯き,時間が過ぎるのをただ待っていた。 それを見た所長はより一層、声を大きくし、僕の肩を掴んでくる。 「何故なんだ!? お前はどうして『出所命令』を拒否する? 何か刑務所の外に出たくない、理由でもあるのか?」 先程から所長が言っている『出所命令』とは、 刑期を勤め上げた囚人に下される 『もう刑務所から出ても良いよ』という、 いわば許しの許可のようなものである。 普通の囚人ならば,その出所命令が下されたと知った場合,それはもう手を叩いて喜ぶに違いない。 何故なら,『外の世界』に出られるからだ。 まぁ、当然だろうな。 もう刑務所という狭苦しい環境から解放される。 もう刑務所の『臭いメシ』を食わなくても済む。 これからはシャバに出て,好きなところに住み,好きなものを食べ,好きなように生きれる。 『外の世界』という言葉はいわば,『自由』の象徴ともいうべき言葉だ。 しかしそんな貴重な出所命令を僕は『拒否』した。 こんな事は、刑務所側の人間にとって,前代の未聞の事だっただろうな。 皆飛び跳ねるように大騒ぎし,たちまち僕は所長室へと連行された。 そして3時間経った今現在でも,所長直々の事情聴取が行われているというワケなのだ。 しかし,僕はずっと今のように俯き,そして黙秘を続けている。 そんな僕の態度に,所長は頭がカンカンだ。 いや,最早怒りなどは既に通り越しているのかもしれない。 その証拠に先程から社長の怒りの声は,まるで母親に駄々をこねる、子供の様な情けない声へと変わっている。 「なぁ、頼むよ。私に教えてくれ。 どうしてお前は出所命令を拒否するんだよぉ。 頼むから何か言ってくれって……」 そんな所長の姿を見て,僕は心が痛くなった。 ——ごめんなさい,所長。でも、言えないんです。 僕はそんな所長への謝罪の言葉を心の中で呟きながら,ただただ、俯き続ける。 いつの間にか時計の針は、午後の5時を指し示していた……。 *****   17:00 一般房へ続く渡り廊下 あまりにもダンマリをし続ける僕を見た所長は、いい加減ラチがあかないと判断したらしい。 ようやく僕は、今日のところ解放された。 刑務官に手錠をかけられ,僕の部屋である 一般房へと連行される。 一般房とは囚人たちが暮らす,牢屋の事である。  他にもこの刑務所には『懲罰房』という、悪い事をした囚人が収容される恐ろしい牢屋も存在する。 最も、『模範囚』である僕には関係ない事だ。 いや、たった今『模範』では無くなったのかな? 所長をあんな風に困らせる囚人なんて,もはや 模範囚とは言えないに違いない。 そんな事を考えていると、前方の方に大きな鉄格子の扉が見えてきた。 だが,あれはまだ牢屋ではない。 あれは一般房の入り口の扉。 あの扉の鍵を開け,そして再びもう一枚の扉を変えた先に,僕ら囚人の一般房は存在する。 つまり囚人達がもし、牢屋を壊して脱走したとしても,この『2枚の鉄格子』をどうにかしない限り,脱獄は不可能なのだ。 そんな事を考えていると,やがてその2枚の扉のロックも外され,一般房のエリアへと辿り着いた。 一般房のエリアは、とても広い。 もともとは、『馬車』などを整備する為の 大きな倉庫だったらしいのだが,改築されて完成したのが,この一般房エリアというわけなのだ。 エリアは階段がそこらについており,4階建て。 牢屋の数は合計で200。 その姿はまるで、動物園のようだ。 だがライオンやシマウマとは違い, 檻の中には灰色の服を着た、こわ〜いおっちゃん達が収容されている。 しかし今現在、牢屋の中に,そのおっちゃん達の姿はどこにもなかった。 それもその筈である。 今はまだ午後の5時。 囚人達は皆,所長室に呼ばれた僕を除いては『刑務作業』の真っ最中なのだから。 しかし,もうそろそろ作業から帰ってくるだろう。 17:30分からは食堂で食事が始まる。 ——今日こそは早めに食堂へ行かなきゃな。 そんな事を考えていると,房の鍵を外した刑務官が、「よし、入れ」と、僕に促した。 その指示に僕は素直に従い、一般房の中へ入る。 すると扉は閉じられ,カチャリとロックされる音がした。 「よし、ちゃんと中に入ったな。 手錠の鍵を解いてやる。隙間から手錠を出せ」 僕は言われるがままに手錠を刑務官に差し出し、手錠の鍵を解除してもらう。 それが全て終わると、最後に刑務官は僕に向かってこう言った。 「……他の囚人達が皆無作業を終えて戻ってくるまでここで待機してろ。 後はいつものように,刑務官の指示に従って,食堂へ行け。 良いな?」 僕はうなづいた。 所長直々の事情聴取という今までにない、特殊なイベントがあったりはしたが,今日もこうしていつものように、刑務所での1日は終わっていく。 食堂から帰ってきたら後は消灯。 僕はこの『トイレ』と『硬いベッド』しかないこの一般房の中で今日を終え,そしてまた明日を迎えるんだろうな。 でも、これで良いんだ。 これこそが僕の望んだ『幸せ』なのだから。 僕はそう自分を納得させると,ベッドへ座り込んだ。 17:00まであと10分。 懲役2年でブチ込まれて始まった ここでの暮らしも,気付けばもう1日オーバーだ。 『出所命令拒否』。 囚人に出所を強制する事が出来ない刑務所側の弱みをついた,まさに僕にとっての魔法の言葉。 この言葉がある限り,僕はいつまでもこの刑務所に滞在し続けることができる。 刑務所からの『出所』なんて、僕には無縁な言葉だ。 『脱獄』なんてそれこそもっと無縁だろう。 そう、僕は思っていた。 は。 僕の運命の歯車は,とある一人の囚人と出会った事で、大きく動き出すこととなる。 そう、彼の名はマチミヤ。 赤髪の囚人である彼は、まさに僕の人生を大きく事になったんだ。 しかし,それはまだ先の話。 当然,今の僕には分かるはずもなかった……。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!