第10話 外のセカイ

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第10話 外のセカイ

長きに渡る自分の過去回想も終わった。 僕は改めてポケットから『カギ』を取り出した。 それはマチミヤから渡された、『一般房の扉を開けることのできるカギ』である。 刑務官に見つかったらそれこそ大変なのだが、今は刑務作業の真っ最中。 刑務官もその見張りに駆り出されているはず。 だから、見つかる心配などはしていなかった。 ——それにしても、よく作ったな、このカギ。 こう言った金属類は、刑務作業でのみ使用する事ができる『加工場』で作ったのだろうが、 それには必ず、刑務官が一人は見張として付き添っているハズ。 その目を掻い潜りながら、必死になって作ったカギなのだろう。 その苦労は並大抵のものじゃないはずだ。 僕は素直に感心した。 やはりマチミヤの『脱獄』にかける想いは、半端じゃないのだろう。 それもそうだろうな。 このまま刑務所に居続ければ、マチミヤは死刑となるのだから。 「……………………」 ナナシは一般房の窓から見える、森の風景を眺めながら、大きくため息をついた。 ——僕は……、どうすれば良いのだろう。 先程からその言葉がぐるぐると頭の中で、 何度も何度もループするのだ。 今、僕が選ぶべき選択肢は二つ。 一つはマチミヤの命を助けると思って、脱獄計画に協力すること。 だが囚人の脱走に手を貸したと、 ノートンやその他の刑務官に知られれば、 間違いなく自分は捕まり、素性がバレ、『勇者』その身柄が引き渡されるだろう。 そもそも何度も言うが、マチミヤに手を貸す事にさえ、ナナシには何のメリットもないのだ。 何かしくじれば、その途端に勇者の脅威に晒される心配のない、穏やかな『刑務所ライフ』は終わる事となる。 それだけは、————絶対にダメだ。 そしてもう一つの選択肢。 それはマチミヤの誘いを断るという事だ。 しかしそれが意味するのは、 『マチミヤを見捨てる』ということ。 マチミヤはつい昨日会ったばかりの、 友人でも何でもないタダの他人。 ——見捨てて、何が悪い。 そう思って自分を納得させ、さっさとこの葛藤から解放されようと考えたナナシだったのだが、そう簡単にはいかなかった。 人間とは、そんな簡単に他人とは言え、命を見限って生きていけるほど、強くはない。 だからこそ、僕はこんなにも悩んでいるんじゃないか。 マチミヤを見殺しにして『安全』をとるのか、 それとも脱獄に協力して『善人』となるのか。 僕の中で,まだその答えは出そうになかった。 *** 17:00 食堂 ——くそっ! 出遅れた! 僕は大きく後悔した。 既に調理係には長蛇の列。 またしても僕は『塩』を取り損ねたのだ。 「また、病院食か……」 僕はガックリと肩を落とす。 だが、いつまでもそのままではいられない。 気持ちを切り替えると、他の調理係から皿の乗ったトレーを受け取った。 今日の献立は、またパンにミルク、ジャガイモのスープだった。 ——2日連続同じ献立だとは。    刑務所め、囚人の食費代をケチりやがったな。 僕は食堂の一番端っこの席で、そう心の中で悪態をついた。 ——おっといかんいかん。   食事の時くらい平常心だ。 スプーンでジャガイモのスープをすくい、口へと運ぶ。 ——ほとんど水じゃねぇか……。 そのあまりのに、僕は怒りを覚えた。 ああ、塩。 塩があれば……。 そう願わずにはいられない。 ………………と、その時。 「ほな、ワシの塩を分けたるわ」 聞き覚えのある声が、左から耳に飛び込んできた。 昨日と全く変わらぬ、このシミュレーション。 鮮やかな赤の髪色に、僅かに見える白い八重歯。 「マチミヤさん……」 「よう、囚人番号7272番さん。 奇遇やな、隣の席やなんて。 これも、『運命』ってやつなんかもしれんな?」 「……何が『奇遇』なんですか。  狙って座っただけでしょ」 そう僕らは挨拶程度の会話を交わした。 しかしその後すぐに、 僕はマチミヤから顔をそらしてしまう。 …………気まずいのだ。 相手は知らぬといえ、先程まで自分はこの人の事を、『見捨てる』選択肢を真剣に考えていた。 まさに『合わせる顔がない』とは、この事である。 そんな僕の内面を見透かしたように、マチミヤはパンをつまみながら、こう言った。 「別にええんやで。  無理して協力してくれんでもな」 「……え」 僕はマチミヤの顔を見つめた。 …………! そのマチミヤの目は、『覚悟を決めた男』のような目をしていた。 マチミヤは言葉を続ける。 「別に君が計画に乗らなくたって、 ワシは恨んだりせんよ。 まぁ、君が計画に加わってくれたら、ワシの脱獄計画の成功率は80%にまで跳ね上がるんやけどな。 君がおらんかったら、せいぜい20%の計画や。 せやけどな、ワシはそれでも『挑戦するよ』。 ワシはそれほど、『外の世界に行きたいねん』」 ——外の、世界? その言葉を聞いて、僕は体が震えたのを感じた。 頭の中に『仮面の勇者の顔』や、 殺された『血塗れのジョセフの死に顔」が、 頭の中でフラッシュバックする。 ——仮面の勇者がッ! 勇者が、殺しにくるッ! 勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が勇者が…………。 「………丈夫か。大丈夫か! しっかりしろ! どうしたんや! 突然!」 僕はハッと、マチミヤの声で我に帰った。 「僕は……僕は……」 ズキズキと頭が痛い。 ふと,マチミヤを見ると彼は未だかつてないくらいの、真剣な顔をしていた。 ……恥ずかしい。 自分の弱い部分を、マチミヤに見られてしまった。 「君は,『外の世界』に、  何か大きなトラウマを抱えとるんやな」 そう、マチミヤは直感したように、呟いた。 「………………」 もう,この場から消えて無くなってしまいたかった。 恥ずかしくて、耐えがたい気持ちになる。 もう正直これ以上,僕の方を見ないで欲しかった。 全てを他人から見透かされると,人はこんな気持ちになるのか。 ——何なんだよ、全く。 僕はそう心の中で悪態をついた。 声には出さなかった。 何故なら、口から何か言葉を出したら,その途端にバレてしまうからだ。 泣きそうになっている事を。 声の震えで,悟られてしまう。 しかしそれでも尚、マチミヤは僕に語りかけ続けてきた。 ゆっくりとした,優しい声で。 「……君は、なんで外の世界に行きたくないんや? 出所命令を拒否してるって事は、そういう事やろ。 なんでそこまでして、外の世界に『怯えとる』? 君さえ良かったら、ワシに聞かせてくれんか」 その声を聞いた途端,僕の中の緊張の糸がプツンッと音を立てて切れてしまったのを感じた。 マチミヤは,こんな僕の事を心配してくれているのだ。 ——ああ、感情を隠す事がバカらしく感じてくる。 観念した僕は,全てを『晒す』事にした。 身体を震えわせがらも、マチミヤの問いにうなづく。 なぜ僕はうなづいたのか。 それは別に自分の悲しい過去を聞いてもらい、哀れんでほしいわけではなかった。 ただ、マチミヤには『負い目』があるからだ。 一瞬でもマチミヤを見捨てようと考えてしまった、そんな負い目が。 二人はそのまま席を立ち上がると、食堂の入り口に向かって歩き出す。 行き先は勿論、『懲罰房』であった。
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