第12話 懐刀

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第12話 懐刀

   ??? 『懐刀』緊急幹部会 ————場所が変わって、数日前。 細い糸をピンと張ったような、そんな緊張した空気が、白い壁にはりついている。 街を照りつける太陽の光が侵入できない、地下の大きな一室であった。 樫の椅子が一定の間の距離を開けて、8つ並べられている。 そしてその中の5つ椅子には姿は見えずとも、誰かが座っている気配があった。 そしてその中には、あの仮面の『勇者』もいた。 彼だけは顔につけた仮面や鎧がよく目立ち、闇の中でもその姿がよく見える。 やがて、その中の【六番目】の椅子に座る人物が声を発した。 しかし、その者の姿は暗闇で見えない。 それはとても若い青年の声で、まだ10代、もしくは20代前半くらいであろうか。 「やっぱり、勇者様の仮面や鎧は派手ですねぇ。 流石はこの会の【総会長】様だなぁ。 こんな暗闇でも一人だけよく見える。 憧れちゃいますよ」 「……黙って座っていろ」 「ちぇっ、ノリが悪いなぁ」 あからさまに不快そうな仮面の勇者の声を聞いて、六番目の男はわざとらしい舌打ちの声を出した。 勇者はそんな彼の態度に慣れているようで、平静を保っている。 「そんなことより、今回我々を呼び出した用件についてをそろそろ話していただけませんか」 今度は【三番目】の男の冷淡な声が流れ出してきた。 その声から、さっさとこの会を終わらせてしまいたいという強い意志が感じとれる。 そんな三番目の男に対し、先程の六番目の椅子に座る男が横から口を挟んできた。 「ええ〜〜。 なんでそんな急ぎで会を進めようとするんですか。 せっかく久々に【懐刀】が揃ったっていうのに。 もっとノンビリ行きましょうよ。【シドウ】さん」 「……お前はノンビリし過ぎだ、【ヒャクメ】。 大体、そういう締まらない態度をとっているから、お前の『隊』は成果を中々挙げられんのだ」 シドウ、と呼ばれた男は、三番目の席に座る青年『ヒャクメ』を、そう冷淡に評した。 ヒャクメは子供のような文句を垂れる。 「え〜。 でも俺、今月は150人くらい殺しましたよ? 中々頑張ったと思うんだけどなぁ」 「それはお前『個人』の話だろ? 何の為に俺達『懐刀』は陛下から万の兵隊を与えて頂いていると思っているんだ。 大体お前は、単独行動が過ぎるの……」 「はは。  まだまだシドウさんのヒャクメ君に対する小言は長くなりそうですね。 総会長、どうします? 俺達だけで始めますか? 他の席の人達も遅れていらっしゃるみたいだし」 【八番目】の男の苦笑の声が、部屋の暗い一隅から流れ出してきた。 「……いいだろう。時間は取らない。 すぐにこの幹部会は終わらせる。 今日の議題はたった一つだ」 そこで仮面の勇者は一呼吸を置いた。 そしておし殺したかのような声で、こう言った。 「魔王の行方が、『判明』した」 「………………!」 いつの間にか冷え冷えとした湿気が蔓延し始めていた。 シドウもヒャクメも話を止めて、こちらを見つめている。 「魔王って。 数年前、勇者様が直々に出向いたのにも関わらず、仕留められなかったヤツの事ですよね?」 「…………」 仮面の勇者が一瞬、身を固くした。 反論をしなかったのは、ヒャクメの言葉が紛れもない事実だったからである。 「……先日、王国内で一人の役人が捕まったのを覚えているか。 王国の地下で犯罪者と金の取引をしていた男だ」 「ああ、汚職のクズの事だな。  もちろん覚えている。 逃げ出した犯罪者に偽造戸籍を作っていたとか。 そいつが何か吐いたのか?」 仮面の勇者はうなづいた。 「そいつを拷問にかけたところ、取引をした数名の犯罪者が浮上した。 そしてその中に、ヤツもいたというワケだ」 「それで、総会長。 ヤツは今どこに潜んでいるんです?」 「……インバダ国立刑務所だ。 その中に、ヤツは囚人として潜伏しているらしい」 「なるほど、刑務所かぁ。その発想はなかったな。 確かに刑務所なら、数年も姿を隠し続けた事に納得できる。 ソイツ、なかなか頭がいいみたいですね?」 素直な性格をしているせいか、敵だというのにヒャクメは感心してしまっていた。 「おい、ヒャクメ! だからお前というやつは……」 そんな彼を、シドウがたしなめようとする。 しかしそれを遮るかのように勇者が立ち上がった。 「そこでだ。 ……ヒャクメ。 お前にその魔王の捕獲を命じる」 「…………なっ!?」 「ええ!?  イイんですか!」 その言葉を聞いて驚く者と、嬉しがる者。 その両者の反応は全くの正反対であった。 「ちょっ、ちょっと待てよ! なぜ、ヒャクメなのだ!? 私の隊の方が、より多くの成果を挙げている! なぜ私じゃ無いのだ!?」 「フフン♪ シドウさん、見苦しいですよ?  つまり、俺の方が評価が上という事ですよね?」 闇の中である為、その表情までは分からなかったが恐らくヒャクメはニマニマとした、とくいそうな笑顔を浮かべていたのに違いなかった。 「そうではないが、 シドウは今月に入って既に8人の捕獲対象者を誤って殺してしまっている。 捕獲任務にはとことん向かない男だと判断した」 「あー、それはダメですねぇ。 シドウさん、頭に血が上ると周りが見えなくなるもんなぁ」 ニマニマとした笑顔を維持しつつ、ヒャクメはシドウにそんな言葉を投げつけた。 しかし、それがマズかった。 「おい、ヒャクメ。 てめぇ、あんまり調子に乗るんじゃねぇ。 ?」 その時、部屋の空気は明らかに、『変わった』。 そして、シドウの口調も乱暴なものへと変わっていた。 明るい太陽の元でそのシドウの表情を見れば、大抵の人間は震え上がるだろう。 その殺気は、部屋の外でじっとつくばって待機していた部下の隊士たちにも届いた。 皆、中で隊長達がどんな会話を繰り広げられているのかは分からなかったが、穏やかでは無い事はそこで理解した。 「ハハハ。 やだなぁ、シドウさん。 ? 外で待機している隊士達が怯えちゃうじゃないですか。すぐに引っ込めてくださいよ、その殺気」 あくまでも、ヒャクメはその顔に笑顔を浮かべていた。 困ったようなわざとらしい顔を浮かべ、シドウを治めようとしている。 しかし、シドウはやめなかった。 「刀を抜け、ヒャクメ。今ここで、証明してやる。 てめぇと俺、どっちが『上』なのかをよ」 その手は既に腰にかかっており、本当にいつ抜いてもおかしくない凄みがあった。 ヒャクメも笑ってこそいるが、その手は反射のように刀にかかっていた。 「……んですか? シドウさん。 その刀を抜いたら2度と、もう戻れませんよ」 「……先に喧嘩を売ってきたのはお前だ。 年の功というものを分からせてやるよ、ヒャクメ」 「…………うーん。 やっぱりシドウさんとヒャクメ君は相性悪いな。 険悪なムード漂わせちゃって、参っちゃうよ。 どうします? 総会長」 『八番目』の男は頭をポリポリ掻きながら、呆れたように本日二度目の苦笑を浮かべていた。 しばらく勇者は黙って考え込んでいたが、やがて結論を出した。 「……隊長格の人間から不満が出るのならば仕方がない。 俺が行こう」 「え、総会長直々にですか?」 「……ああ、そうだ。 今回このようになってしまったのも、思い返せばヤツを取り逃がした俺の責でもある。 名誉を挽回させてもらおう」 そう言って仮面の勇者は険悪な二人を置いて、スタスタとその場を立ち去った。 「ああ、ちょっと! 総会長? 俺を一人にせんでくださいよ。おーい? ……あーあ。行っちゃったよ。参ったな、コレ。 俺じゃこの二人を仲裁できないって」 残された八番目の男。 しばらくの間どうするべきか、頭を掻きながら考えていたが、直ぐに『面倒臭い』という結論に至ったのだろう。 我関せず、といった風にその場を後にした。 「そこのお二人さん。 あんまりこの部屋を血で汚さないでよ?」 そんな台詞を残して。 ******* ——数時間後。 様子を見に再びやってきた【八番目】の男は、その結末を確認し、やれやれという風に手を顔に当てた。 「あーあ。 『血で汚さないでよ』って俺言ったのに……」 彼の手に持つランプに照らされた部屋の床は、さながら鮮血の絨毯のように真っ赤であった。 決闘の勝者は一目瞭然。 敗者である【三ノ刀】の隊長シドウは地面に倒れ、勝者である【六ノ刀】隊長ヒャクメは返り血を浴びながら、天井を仰ぎ見ていた。 「……ヒャクメ君。 シドウさん、殺しちゃったの?」 血の泉の中央に倒れるシドウを指差しながら、男はヒャクメに尋ねた。 その声でヒャクメはこちらに気付くと、疲れた様子で首を振る。 「いや、死んではいないと思いますよ。 腕を切り落としただけですから。 でも、時間の問題かもしれませんね。 早く血を止めないと、出血多量でポックリ逝っちゃうでしょう」 確かにその血の泉のすぐそばには、腕らしき肉片が転がっているのが見えた。 八番目の男はホッと胸を撫で下ろす。 「……まぁ、不幸中の幸いというヤツか。 シドウさんが抜けちゃったら、隊長決め直すの面倒くさいからね。 ……おーい、シドウさん。起きてる? 立てるかな?」 そう男はシドウに呼びかける。 だが、返事はない。 それを確認した頭をポリポリと掻いた。 「あー、これ完全にるね。 仕方ない、俺が医者の所まで運ぶよ。 ……あーあ、せっかく買ったばかりの服なのにな」 男は血だらけのシドウの体を支え起こした。 「ホント、すみません。【オゴウ】さん。 先輩なのに、決闘の後処理までしてもらって」 ヒャクメは申し訳なさそうに頭を下げる。 「いいの、いいの。 後輩のケツを拭くのも、先輩の役目だからさ。 隊長同士の決闘は、別に御法度じゃないしね。 ……それにしても、よくシドウ君に勝ったね。 彼、強かったでしょ?」 「……まぁまぁでしたね。 食いごたえはありましたよ」 その言葉を聞いて、彼は満足そうにうなづいた。 ———【懐刀】とはインバダ王国、 国王直々に命じられ、結成された組織である。 その規模は万を少々超えるほど。 【女神インバダと国王に仇を成す不逞な輩を懲らしめる】といった立派な大義名分を抱えている。 だがその隊士達の実態は【懐刀】に入隊し、上り詰め、隊長となってその名を轟かせる事を目的とした、ただの『戦闘狂』の集まりでもあった。 しかしそんな彼らも、中々隊長の席へ座ることは難しいと考えている。 何故ならば、【懐刀】にとっての隊長とは、 いわば強さの象徴。 その力量は並ではない。 それこそ『人間を辞めた者だけが辿り着ける頂』であった。 そんな『懐刀』の隊長が交代するという事があった場合、それは『隊長の死亡』を意味する。 『懐刀』に脱退はない。 一度入隊してしまえば、それこそ死ぬまで二度と、隊を続けなくてはならないのだ。 ちなみに過去、『脱走』を図ろうとした隊士は何十名といたが、それらはすぐに『粛清』という形で処分された。 「……隊長とは、強さの象徴。 弱いヤツには務まらない」 懐刀の【八の刀】隊長オゴウは、誰にも聞こえぬ小さな声で、そう小さく呟いた。 部屋の中の血の泉は、もう乾きつつあった。
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