第13話 脱獄決行

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第13話 脱獄決行

いつものように囚人達は病院食のような薄い味付けの食事を終え、一般房へと収容された。 束の間の短い自由時間が終わった後、エリアの大きなライトは消灯され、辺りは暗闇に包まれる。 刑務官たちは一般房の部屋の中に囚人がいるか一つ一つ全てチェックをつけた後、暗闇の中に 「ガチャリ」という音が鳴り響く。 扉にロックがなされたのだ。 その音を聞いたナナシは、ベッドからムクリと起き上がる。 既に他の房からは囚人達のイビキが聞こえる。 普段なら鬱陶しい雑音なのだが、今夜に限ってはありがたかった。 暗闇でよく見えないが、今頃マチミヤも動き出している頃だろう。 ナナシはポケットをまさぐると、不細工でゴツゴツとした鍵を取り出した。 それはこの房の扉を開けることのできる、マチミヤから託された切り札。 ナナシはそれを鍵穴に差し入れると、ゆっくりゆっくりと慎重に、手をガタガタと震わせながら回していく。 脱獄の際、敵となるのは刑務官だけではない。 他の囚人がもし音を聞いて眠りから覚め、こちらの姿を見つけた場合、『俺も出してくれ』と叫ぶに違いない。 そしてその騒ぎを聞きつけた刑務官がここにやってきて…………。 後は言わなくとも分かるだろう。 やがて扉のロックが解除されたという、確かな手応えが僕の手に伝わってきた。 少し押してみる。 すると扉は微かな音を立てて開いた。 これまでの刑務所生活の中で、今初めて刑務官ナシで扉が開いたのだ。 それを見て、ナナシは再び認識する。 ——今から自分は、本当に脱獄をするのだと。 こうなってしまっては、もう後戻りは出来ない。 消灯されて真っ暗闇となった一般房エリアを、ナナシは手探りで進んでいった。 まだ脱獄は、始まったばかりなのだ。 ******* 「よし、合流やな」 一般房エリアの入り口で、マチミヤは目立たないよう、暗闇の中でしゃがみ込んでいた。 ナナシを見つけると、小声でこう言う。 「ええか? これから計画通り長い長い廊下を抜け、一階の運動場へと向かう。 そして一番奥の、南東の門。 その門から刑務所を出る。 …………そや、ちゃんと『着てきたか』?」 マチミヤの問いに、ナナシはコクリとうなづいた。 そして囚人服の胸元ボタンを外すと、中に着ているモノを、マチミヤに見せる。 それはこの日の為に、昼間の間、ナナシが調達しておいた『刑務官の制服』であった。 マチミヤはそれを見て満足げにうなづくと、自分も服を脱ぎ捨て、刑務官へと変身する。 こうして、二人の脱獄囚は新人刑務官へと早変わりした。 その格好に、マチミヤは思わず笑いを浮かべる。 「ククッ。違和感しかないなぁ。 普段見てる刑務官の服を、このワシらが着ているなんて」 しかしすぐに真面目な顔になると、マチミヤはこう言った。 「ほな、行くで。あまり時間は無駄にできん。 もしも刑務官と出くわしてしまったとしても、『臨時』で雇われた者です、と言うんやで? 分かったな?」 僕が静かにうなづくのを見ると、マチミヤは拳と手をバシッと力強く合わせた。 「よっしゃ。ほないこか!」 そう呟いたマチミヤは何十もの鍵を取り出すと、暗記していた順番で、次々と扉のロックを外して行った。 その後ろをナナシがまた、滑るような足取りでついていく。 そうして二人は、あっという間に運動場へと続く、大きな大きな扉の前へとやってきたのであった。 「……ようやく来たな、ここまで」 マチミヤの言葉に、僕はうなづく。 「ここまで来れば、後はもうすぐや。 南東にある門を開けて、脱獄が完了する。 そしたらワシらは、すぐに南へ向かう」 「南に、匿ってくれる知り合いがいるんでしたね」 昨日、何度も確認をした計画だ。 僕の言葉に、マチミヤはうなづいた。 「ああ、そや。 そいつはな、一年前にこの刑務所から出所した、元マチミヤグループの側近なんや。 脱獄の事は数年前に打ち明けてたから、既にあっちも準備は完了やろうな」 だがナナシは、ここで嫌な予感を覚えた。 ——なんだか、全て上手く行き過ぎな気がする。 本当にもう、たったこれだけの事で脱獄は終わるのだろうか。 ここは極悪人を含めた、囚人を収容する為の施設なのだ。 それを、いとも簡単に脱獄できてしまっていいのか? しかしそんなナナシの胸の内など知らず、マチミヤは運動場の大扉を音を立てて開けた。 「…………なっ!?」 ——そして、思い知る事となる。 僕達は、都合よくここまで誘い込まれた事を。 運動場で待っていたのは、数えきれぬほどの大勢の『囚人』達であった。 まるで配置された兵隊のように、『外の世界』へと続く南東門の前に立ち塞がっている。 その手には『鉄パイプ』やら『トンカチ』や『ナイフ』といった、穏やかではない凶器が握り締められていた。 そしてその兵隊達の前に立つ一際大柄な囚人が、呆気にとられる二人に向かってこう叫ぶ。 「どこに行くつもりだァ!? マチミヤァ!」 「お前は……、ドウモト!?」 ——ドウモト!? そのマチミヤの言葉を隣で聞いていたナナシは、思い返した。 確かドウモトはマチミヤと並ぶ刑務所内に大きな勢力を持っていた、『ドウモトグループ』のトップ。 ドウモトグループは荒くれ者どもが集まった、ゴリゴリの武闘派。 それが何故、こんな所に!? そんなナナシの胸の内を、マチミヤは代弁してくれたようだった。 「ドウモト! 何故お前らがこんな所に!?」 真夜中の運動場に、マチミヤの声が悲しいほどによく響き渡った。 それを聞いた筋骨隆々で体も大きく、カッと見開いた獣の顔をした男、ドウモトはおかしそうに笑い声を上げた。 「まだ分からねェのか? てめぇらの脱獄計画は、 とっくに筒抜けだったんだよ」 「……なんやと?」 「どういう経緯かは知らねェが、 その横にいる『魔王』が刑務所にいる事を知った王国の人間が、囚人や刑務官としてのスパイを数名、ここへ送り込んだ。 つまりだな、ここ数日のてめぇらの行動は全て、ありとあらゆる方面から監視されていたんだよ! 全ては今夜の為にな」 「……つまりアンタにも、あの『仮面の勇者』の息がかかったんだな? だから俺たちをここで待ち受けていた」 ナナシが横から口を開く。 「そういうワケだ。 俺達はスパイとして潜り込んでいた囚人達に話を持ちかけられた。 『魔王』を生け捕りにすれば、お前らを刑務所から出し、褒美として1500万ピールをやる、と。 だから今夜、俺達は首を長くしてお前らを待ち構えていたんだよ!」 そう叫びながらドウモトは、手に持つ大きな大きな鉄パイプを愛おしそうに撫でていた。 あのパイプで僕達を殴ろうというのだろうか。 「……『魔王』以外の人間は殺してもいいと命じられている。 なぁ、マチミヤ。 その意味、お前は分かるよな?」 「フン、分からんなぁ」 マチミヤは白々しく、笑いながら呟いた。 するとドウモトも邪悪な笑みを浮かべ、こんな言葉を叫んだ。 そしてそれは、彼等の殺害衝動の火蓋を切って落とすきっかけにもなった。 「てめぇはここで、俺達になぶり殺しにされるってことだよッ!」 ——気づいたら僕は、マチミヤに引っ張られていた。 「逃げるで!」 マチミヤの切羽詰まったような声が耳に飛び込んでくる。 ——いや、どこに!? ここはあくまでも、まだ塀の中。 逃げ場など限られている。 こうして僕達とドウモトグループの、命を賭けた刑務所内での鬼ごっこが、今始まった。
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