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第2話 囚人番号1211番
17:30 食堂
刑務所の食事のことを、人はよく「クサい飯」と表現する。
だが実際の所はそうではない。
プーンと異臭が漂い、
ハエがその料理にブンブンと違っているような、
そんな不衛生なモノではないのだ。
ちゃんと肉や魚に火が通っているし、
食べやすいよう、味付けもされてある。
メニューは日替わりで変わるし、囚人の健康の事をしっかりと考えられて作られている。
僕は刑務所の食事について,そこそこ満足していた。
しかし、それは悪魔で『そこそこ』の満足。
もちろん不満はあった。
それもたった一つ,先ほど挙げた料理の長所が全て吹き飛ぶほどの,強い不満が。
……その不満は、料理への『味付け』にあった。
いくら食べやすく味付けがされてあるとはいえ、やはりここは刑務所。
刑務所の食事は、シャバと比べて少し薄味なのだ。
『病院食』……といえば、伝わるだろうか。
料理の味が何もかも——薄い! 薄い! 薄いッ!
その為、食事が始まる際は必ず囚人皆、調理係に
「塩をくれ」 と、催促をする。
囚人達にとって塩は、食事に『味』を与える、
いわば魔法の道具。
食事には欠かせぬアイテムなのだ。
僕はこの刑務所に入所して初めて,ここでの暮らしに一番必要なものは『塩』だと悟った。
しかしだからこそ、その競争率も激しい。
それこそ大急ぎで食堂へ走り、長蛇になる列の先頭に近い位置へ食い込まなければ、すぐに売り切れになってしまう。
僕も他の囚人と同様に食堂へと走ったが,一足遅かった。
塩を求めて、既に長蛇の列が調理係の囚人たちへと伸びていたのだ。
今から列の最後尾に並んだとしても,間違いなく塩はゲット出来ないだろう。
仕方がなく僕は塩を諦め、別の調理係から本日の食事をトレーごと受け取ると、空いていた隅の席へとついた。
今日のメニューはパンに、ジャガイモのスープ、そしてミルク。
その味はやはり、塩なしでは苦しいものがある。
僕は顔をしかめながらも、スープを少しずつ喉へと流し込んでいった。
(ああ、塩が欲しい…………)
僕のうちに潜む,食への強い欲望が、そう訴えかけてくる。
——ああ、味のするものが食いてぇ……!
…………その時である。
「なぁ、あんた。
もしかして、囚人番号7272番さんか?」
隣から聞こえたその声に、僕の表情は変わった。
見るといつの間にか、隣には見知らぬ男が座っている。
年齢は20代前半くらいだろうか。
背丈は自分と同じくらいの約170センチ。
こちらを値踏みするような目に、イタズラっぽくニヤニヤと浮かべている笑顔。
そして一番に目を引いたのが、囚人だというのに髪の色が太陽の様な『赤色』である事だった。
罪を償う身の囚人は、髪を黒く染めなければならないのがこの刑務所の決まりなハズ。
なのにこの男は、それを守っていない。
そんな、まさに特徴だらけの隣の男。
僕は脳をフル回転させ、隣の男についての記憶を探り始めた。
だが、この男の事に関する記憶は見つからない。
つまり、この男と自分は出会った事がない、全くの初対面なのだ。
——じゃあ、なんで僕の事を知っているんだ?
そんな疑問が頭の中でぐるぐると回る今でも、隣の男はしつこく、こちらの顔を覗き込みながら言葉を続けていた。
「なぁ、そうやろ! なぁ!」
——一体なんなんだ、この人は。
これじゃあ、食堂で目立っちまうよ。
刑務所の中で目立たず,影となってトラブル を避けて生きることが僕の生きがいなのに。
そう思い、慌てて目だけで周りを見渡した僕は
————気が付いた。
先程まで、賑やかさに包まれていた食堂の雰囲気が一変し、食堂内にいる全ての囚人の視線が自分に注がれている事を。
誰もが口を閉ざし、ピンと張り詰めた空気の中、隣の男の声だけが、食堂内に響いた。
「なぁ、黙ってちゃわからん。
ワシの質問に答えてくれんか?
あんた、あの『ウワサ』の囚人番号7272番さんなんやろ?」
「…………どうして知ってるんです?」
食堂内の異様な雰囲気と、他の囚人達から一斉に注がれている視線に呑まれそうになりながらも、僕は隣の男にかろうじてポツリとそう言った。
その声を聞いた隣の赤髪は、ニヤリと再び笑みを浮かべた。
「お、ようやく喋ってくれたな。
囚人番号7272番さんよ。
ワシは囚人番号1211番っていうモンや。
あんたに話がある。
ちょっと付き合ってくれや。なぁ?」
そう言って自分の肩に馴れ馴れしく手を回してくる赤髪の男。
それに多少の不快感を感じながらも、僕はこう言ってやった。
「どうして、僕を知ってるんです?」
僕にとっては、今の食堂内の異様な雰囲気の正体よりも、その疑問の答えを知ることが一番の最優先事項。
この刑務所で僕の『正体』がバレる事,それはすなわち,この暮らしの終わりを意味する。
この刑務所は僕がようやく見つけることの出来た、勇者からの隠れミノなんだ。
——そんな事,あってはならない。絶対にッ!
相手の赤髪の男は,僕の問いを聞いて,クスリと笑った。
「フフフ、そうやな。
話を進めるにはまず、お互いの事を知らんとな。
ほな、まずは場所を変えよか」
——場所を、変える?
僕には彼の言っている意味が分からなかった。
今はまだ、午後の5時41分。
食事の時間であり、それ以外の行動は最低限以外、制限されているのだ。
従って、食堂の扉には刑務官がおり、食堂から出ることは出来ないハズ……。
だがしかし、そんな僕の考えは、あっさりと裏切られる事となった。
「刑務官さん、そこ、通してぇな」
「…………」
——そ、そんなの。 あり得ない……。
なんと、赤髪の男に言われた刑務官は何も言わず、黙って扉を彼に譲ったのだ。
それはまるで、彼に忠実な下僕のように。
——あの、刑務官が!?
そんな刑務官を見た赤髪の男は満足そうに笑うと、手をひらひらとさせながら食堂の前の扉をさも当然のように大きな音を立てて開けた。
「……? おいおい、何をしてんねや。
はよ、行くで」
呆然と目を丸くする僕に、赤髪の男は面倒臭そうにそう言うと、扉の奥へと姿を消した。
そんな彼の後ろ姿を、僕は追う事しか出来なかった。
——こんな事。 前代未聞だ……。
彼の正体は何なのか。
頭の中をそんな疑問で一杯にさせながら。
僕は食堂の外へと彼を追って飛び出した。
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