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第4話 マチミヤ
「あんたが、マチミヤ……」
懲罰房の中に、さらに重苦しい空気が流れ始めた。
相手の赤髪の男、マチミヤはこちらの少し驚いた様子を見れて満足したのか、八重歯を見せながらニカニカと笑みを浮かべている。
だが,すぐにその八重歯を引っ込めると、
今度は真剣な面持ちとなった。
「……さて、ワシの素性を知って貰ったところで、本題に移ろか。
実はな、こんな風に余裕ぶって話してるけど、ワシにはもう時間がないんや」
「時間が、ない?」
もう話が始まって何度目だろうか。
でも僕は聞き返してしまっていた。
「せや。
刑務所におるって事はワシも他の囚人と同じく、罪を犯して、捕まった。
そして、その罪を償うには刑罰を受けなアカン。
そして、そのワシの刑罰は……」
ここで少し、マチミヤは言葉を飲み込んだ。
その先を口に出す事への、躊躇いが彼の中で生まれたのだろう。
そんな様子を見て、僕は彼に課せられた刑罰をいくらか想像することが出来た。
——まさか……。
そして、その予想は当たる事になった。
「……ワシの刑罰は、死刑や」
「……………………!」
懲罰房内の空気が、かつてないほど重くなっていくのを僕は感じた。
死刑。
死んでその罪を償う刑罰。
犯した罪の重さに応じて刑罰は、どんどん重くなっていくものだ。
それならば、一体このマチミヤという男は、どんな罪を犯したのだというのだろう。
マチミヤは、ゆっくりと語り始めた。
自らの過去を。
……マチミヤの父親は、インバダ王国に事務所を構える、唯一の記者だった。
王国で彼のみがこれから先,『情報』を持つ者が時代を支配するという事を十分に理解していたのだ。
ネタの為に王国中を駆け回り続け、ジャンルは問わず、不倫などの様々な騒動を記事にし続けた。
もちろんそんな彼を人々は、良くは思わなかった。
罵倒され、殴られ、蹴られ、息子のマチミヤでさえ酷く虐められた。
しかしマチミヤは、それらの事を父のせいだとは考えなかった。
むしろ,彼は父親のことを誇りに思っていた。
事実、このインバダ王国の情報はマチミヤの父親を中心に回っていたからである。
大勢の人に憎まれる程の影響力が父親にはあった。
…………しかし、そんなある時。
自宅にいたマチミヤの元に、
数人の王国兵士がやってきた。
何が何だか分からぬままマチミヤは連行され、王宮で初めて知らされた。
父が、『反逆罪』で捕まったことを。
そして兵士はこうも言っていた。
『マチミヤは王国の,ある重要な秘密を知ってしまい,女神の怒りに触れた』と。
結局、親族であるマチミヤも一緒に捕まり、そのまま死刑判決が下った。
マチミヤの父親は最後まで、なんの罪もない息子の命だけは助けようと王様に食い下がった。
だがその願いが聞き入れられる事はなかった……。
なんて辛い過去をこの男は背負っているのだろう。
僕は素直に,彼に同情した。
自分にはなんの関係もない,父親の罪で死刑判決を下され,この刑務所に投獄されるなんて。
マチミヤも当時を思い出したのだろうか。
彼の声色が、段々と悲しみを帯びていくのを僕は感じ取った。
マチミヤは話を続ける。
「なんで親父が反逆罪で捕まったのか。
それは今でもわからへん。
ワシはそれから今に至る4年もの間、父親の姿をあれから1度も見てない。
いや、もうこれからも見る事はないやろうな。
マチミヤグループを作った際に集めた外の情報によると、父親は既に処刑されてたらしいわ。
ワシと父親が別々にされた、すぐその後の王宮で。
なかなか、王国も残酷な事をするよな。
父と子、その最後の対面すら許さないなんて」
マチミヤはそう言い終えた後、不意にポケットから何やら大きな物を取り出した。
よく見てみると、それは酒瓶。
アルコール度数が強い事でよく知られている種類のものであり、余程酒に耐性がある人間でも直ぐに酔いつぶれてしまうだろう。
そんな酒を、マチミヤは勢いよくゴクゴクと喉に流し込み始めた。
僕はそんな彼に水を刺さぬよう、何も言わずにじっと見守る。
しかし,その視線を違う意味に汲み取ったのか、マチミヤは手に持つ酒瓶を僕の方へと突き出した。
「……ン」
僕はその酒瓶をおずおずと受け取ると、そのまま喉へと勢いよく流し込んだ。
あまり酒は得意な方ではなかったのだが,ここで断るのは無粋というもの。
だが,その後すぐに僕は飲んだ事を後悔する事となる。
「か、からッッッッ!」
——やっぱり酒は嫌いだッ!
足をバタバタさせながら懲罰房内をのたうち回る僕の姿を見て、マチミヤはこんな事を言いながらケラケラと笑った。
「ええ飲みっぷりやんか。
刑務官との情報取引で得た甲斐があったってもんやで」
…………それからしばらく経ち。
そしてその辛さの苦しみがようやく消え去った頃、今度は僕の方からマチミヤに切り出す事にした。
「……マチミヤさん。
俺に何か話でもあるんじゃないですか?
わざわざ懲罰房を貸し切って、自分の身の上話を聞かせてくれて。
それでおしまいって訳じゃないでしょ?」
僕の中のマチミヤに対する警戒は、いつの間にか解かれていた。
固かった体の緊張がいつの間にかほぐれ,柔らかくなっている。
——不思議な魅力がある男だな。
僕は素直にそう感じた。
そんな僕の問いを聞いたマチミヤは、持っていた酒瓶を床に置くと、再び真剣な顔になった。
そして話の前に一呼吸おくと、僕に対してこう言った。
「ああ、せや。
ここからが本題や。
さっきも言った通り、ワシにはもう時間がない。
だから、君の力を借りたい。
手伝って欲しいんや。
ワシの、『脱獄』の手伝いをな」
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