第5話 脱獄計画

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第5話 脱獄計画

       翌日 10:00 一般房 僕は、自室である一般房のベッドの上で横になりながら、じっと考えていた。 普段なら騒がしい両隣りの房も、今日は物音一つしない。 皆、刑務作業を行う為に、刑務所内にある農園へと駆り出されているのだ。 しかし出所命令を拒否したとはいえ,刑期を勤め上げたとして、僕だけは刑務作業を免除された。 だからこそ,昼間の時間は正直ヒマだ。 ——今頃,刑務所側は何とか僕をこの刑務所から追い出そうと,必死に考えているんだろうな。 そう考えると,なかなか気持ちが愉快になってきたように,僕は感じた。 しかし,すぐにその気持ちも何処かへ消えていく。 何故なら、先程から、 昨日のマチミヤとの会話が頭の中で繰り返されているからだ。 ——脱獄、か。 ***********************       昨日 懲罰房にて 「何故、俺にそんな話を?」 『脱獄の手伝い』というワードを聞いたせいなのか再び僕の心の中にはマチミヤへの強い警戒が蘇ってきた。 そんな僕の視線を受け、マチミヤはフフッと微笑を浮かべる。 「それはな、君が特別な囚人やからや」 「…………」 そのマチミヤの『何もかもお見通し』とでも言わんばかりの目を見て、僕は全てを悟った。 ——この男、知っているな。 僕が2年の刑期を勤め上げたにも関わらず、未だに刑務所側の出所命令を拒否し続けている事を。 マチミヤは言葉を続ける。 「まぁ、なんで君が出所を拒否し続けているのか。 その『理由』までは分からんかったけどな。 でもは言える。 君は今、この刑務所内にいる囚人の中で、一番 『自由』に動ける存在やという事や」 そう言うとマチミヤは酒瓶を取り出したのとは、逆のポケットに手を突っ込むと、今度はもっと小さな『何か』を取り出した。 「これは、一般房を開ける事のできる『鍵』や。 うちのグループに加工作業が得意なヤツがいてな、ソイツに作らせた。 コレを、君に渡しておく」 ——な、なんだって!? 僕は動揺を隠しきれなかった。 そ、そんなものがあれば, 脱獄なんて簡単に出来てしまうじゃないか。 僕の動揺をよそに,マチミヤは話を続ける。 「……ワシは、今から3日後の深夜。 5年もの間、刑務官を目を騙して作り続けた、 いくつもの鍵を使って、ここを出る。 きっと脱獄は上手くいくやろう。 せやけどな、問題はここから出た後や」 そういうと、マチミヤは身につけている囚人服を掴むと、パタパタと僕に見せつけた。 「この囚人服や。 これでは余りにも目立ち過ぎる。 せやからな、ここで君の力がいるんや。 ……数着でいい。 刑務官と他の囚人の目が刑務作業に注がれている昼の間、人目を盗んで服を取ってきて欲しいんや」 「………………」 ——なるほどな。 そういうワケか。 僕はここで,全てを理解した。 今のマチミヤにとって,この刑務所から脱獄する事は、造作もない事。 だが脱獄が成功したとしても、今のマチミヤにはその『先』がないのだ。 すぐに脱獄した事実は、直ぐに刑務所関係者や周辺に広がり,捕まえる為の『包囲網』が貼られる。 だが今のこの『囚人服』のままでは,目立ち過ぎる。 包囲網を突破する事など,夢のまた夢の話だろう。 だからマチミヤとしては, 刑務所で一番、看守からノーマークであり, また自由に動く事が出来る『僕』を計画に引き込む事が、脱獄の為の『絶対条件』なのだ。 だが,よく考えてもみて欲しい。 その脱獄に協力する事自体、僕にはなんのメリットもないじゃないか。 ただリスクを犯し,たった先程出会ったばかりの男に手を貸す。 そんなことが出来るほど,僕は善人じゃない。 いや、でも……。 マチミヤの脱獄計画に加担するか否か,考え続ける僕。 そんな時に畳み掛けるようにして、マチミヤは声を大きくした。 「なぁ、頼む。 ワシの計画に協力してくれ! どうしても、君の力が必要なんや! ワシにはもう、時間がない。 刑務官との取引で、なんとか死刑執行の時期だけは引き延ばせているが、それももう限界や。 王国にいる国王から、何度も早く殺せと催促されているらしい。 ……なんで父さんは反逆罪で処刑されたのか。 ワシはここから出て、その真実が知りたいんや!」 「……………………」 「なぁ、頼む! どうか俺に、力を貸してくれ!」 マチミヤは、そう言って頭を下げた。 僕はじっと,目を瞑りながらその事を考え続けていたが,やがてようやく、全身の力を絞り切ってだしかのような声で,こう言った。 「……… …考えさせて下さい」 ***********************      翌日 10:00 一般房 そして今に至るというわけであった。 僕は天井にこびり付く黒いシミを眺めながら、回想を終えると、不意にポケットからその『鍵』を取り出す。 それは帰り間際,マチミヤから 『預かっておいてくれ。 時が来たら返して貰うからな。 あ、刑務官には見つからんようにしてくれよ。 これは、ワシの『命』も同然なんや。 それを君に託す。 その意味,分かってくれるよな?」 と言われ,渡された例の脱獄用の一般房のロックを外せる鍵であった。 とても小さく、それでいてゴツゴツとしている。 まるでそれは、小学生が作った図工作品のよう。 有り合わせのくず鉄を掛け合わせて 作られているそのカギから、頭の中でマチミヤ達の苦労して鍵を作る様子がとてと簡単にイメージできた。 やがて僕はカギを再びポケットの中にしまうと、自分の頭をくしゃくしゃと掻き回し、ポツリとこんな独り言を漏らしてしまう。 「……面倒な事を引き受けちまった。 なんであの時、僕は断れなかったんだ」 そう言った僕の頭の中では、再び勝手に回想を始ろうとしていた。 しかも今度はさらに向こう、この刑務所にやってくる、少し前の記憶へ…………。 それは記憶を失った僕が辿り着いた、とある森での4年にわたる記憶であった。
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