可愛い雛人形

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ピピピ ピピピ ピピピ 毎朝7時にセットしてある目覚ましが鳴り響く。 うるさいなぁ、今日はいつもの朝の三倍は眠い。しばしば体を起こしてスイッチを切る。パジャマを脱いで制服に着替え、髪をセットしリビングへ向かう。そこには昨日まで飾ってあった雛人形の姿はない、てことは夢じゃなかったんだ。顔全体に笑みが溢れる。 「何笑ってるの?」「お母さん」「もうご飯できてるから食べちゃって」 「はーい」チーズのたっぷり入ったオムレツを口に運ぶ。安定に美味しいのと、昨夜のことが夢じゃないので微笑みが途絶える気配はなかった。 「ご馳走様」「行ってきます」間髪を入れずに玄関へ走る。その際押入れのほうに向かって再び微笑んだのを母 下村 妃呂子は見逃さなかった。 昨日まで飾ってあった雛人形が片付いているという怪現象に、もう30年近く前のことになる記憶を呼び覚まされた。12歳の頃、3月5日の深夜動き出した雛人形と交わした約束、『雛人形を大切に、決められた期間を守って飾り続ける』 彼女は娘が産まれてもこの約束を破ったことはなかった。昨夜までは、うっかりしまい忘れてしまったが、きっとまた人形たちが動き出したんだ。恐らく娘の前で。うん、絶対にそうだ。 40代の主婦には似つかわしくない思考がよぎり、笑みが溢れる。少女時代の不思議な体験を娘と共有したい想いに駆られるが、それは留めて、彼女は雛人形たちの方へ視線を移し微笑んでいた。その笑みはまるで聖母マリアのように美しい顔だった。
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