第弐帖 春爛漫、第弐の人生を謳歌

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第弐帖 春爛漫、第弐の人生を謳歌

 三月三日、この日の為だけに生まれてきたの。女の子が健やかで幸せな人生を歩めるよう、願いを込めて御縁がある家に買われ、毎年その日が来る少し前に雛段に飾られる。そしてイベントが終わるとすぐにしまわれた。何でも、イベントを過ぎて長く飾っておくとんだとか。  そう、私は雛人形。お雛様、て呼ばれていたわ。  その一族の親から子へ、代々引き継いでいくところもあれば、何代目かで、或いは一代で世代交代がなされる場合もある。その場合は、人形供養として処分されていくか、お寺に預けられるか、またはどこかのお宅へ貰われて行くか……するしかなかったのだけれど、ここ最近は第二の人生を謳歌出来る場所が新たに出来たのね。  そこではサーファーに転身した者や、マジシャン、サーカス、教師、販売員、普通の主婦(主夫)、ピアニスト、ユーチューバ―などなど……趣味に、または専門職に就けたりと、々と自由に楽しめるところらしいの。出来る事なら、そこに行きたい、と思ったわ。  だから毎晩神様にお祈りしたの。そしたら願いが通じた! ついに、ある一族の三代めでお役目御免が決まって、もしかしたら処分されるかも……と覚悟もしたけれど、諦めなくて本当に良かったわ。神様っているのね! そんな場所を作ってくれた人間、そして私の所有者に感謝だわ!  時は令和二年春。  こんな麗らかな春爛漫の日に、第二の人生を始められるなんて。何てラッキー! なんてツイてるのかしら。やりたい事をし尽したら、素敵な恋をしてみるのも良いかもね。何せ不老不死なんだもの。うふふっ。  そして私は叫んだの。 「この世の春、第二の人生を謳歌するわよ!」  てね。うふふふふふ……。 「もしかして今日いらしたばかりですか?」  背後から響く柔らかな声で、我に返る。横笛のように澄んで艶のある…… 「ええ、そうなんです」  笑顔で振り返る私の目に、束帯装束に身を包んだ爽やかな青年が映った。 「僕もなんです。まずは着替えたくて」  はにかんだように笑う。整った顔立ちにアーモンド型の双眸が印象的だ。どこまでも深く澄んだ漆黒。研磨された黒水晶のように艶がある。その瞳に惹き込まれた。  トクン、と鼓動が大きく跳ねた。そうね、恋をしながら趣味も謳歌するのも、素敵かもしれないわ。  【完】
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