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基準
輝く星が僕の体を包み込むように広がり、まるで宇宙に放り出された感覚になる。実際、この空間に地面という概念はない。暗く、点々とした明かりが世界を構成していて、宇宙のような幻想的な場所である。
周りにいる人たちは僕を追い越して淡々と進んでいく人や泣きわめいて抗う人、目を覚まそうと頬をつねる人など、様々であった。先に見える光めがけてひたすら進む人たちに従って僕も先を目指す。というよりも、強制力があり、そこへ向かう以外の選択肢がなかった。
ここは俗に言う三途の川と思われる場所に違いない。休むことができない会社、嫌がらせをする先輩や同期、結婚を急かす両親、上手くいかない隣人関係……。挙げればキリがないほどに嫌なことが多い生活だった。
精神的に追い詰められた僕は、自殺するために屋上から飛び降り、気がついたらここにいた。だから、この先には天国か地獄か。はたまた未知の世界が広がっているのだろうか。
願わくば、異世界へ転生してラノベ主人公になりたい。最強を振りかざし、ちょろインたちを周囲に備え、悪を成敗しする。最高ではないか。
「ちょっと待て」
妄想に浸る僕の体はその声でぴたりと止まった。ドスの効いた声で、周囲の人達の目がこちらに集まる。
「おまえはまだここへ来るべきではない!」
髪の毛と髭が同じくらいの長さで白い、お爺さんが上の方から降りて来た。
「まさか、曽祖父……?」
いつか見た仏壇に置かれている顔写真を思い出した。このお爺さんは曽祖父だ。
「いかにも。お主はここへ来るべきではない」
わかった。あれだ。現実の俺は意識不明の重体。奇跡でも起きない限り回復の見込みはない。というところか。
おそらく、ドキュメンタリーでよく出てくる「奇跡の回復」というやつが僕に働いているのだろう。その証拠に、回復した人はご先祖さまに「まだおまえは行ってはいけない」的なことを言われたとコメントする。
でも、どうして僕が引き止められる対象になったのか。僕よりも良い行いをした人は多いだろうし、それ以前に僕は自殺するつもりだったのだ。何を基準にこういう引き止めが働くのか。
そんな素朴な疑問をぶつけたところ、返ってきた答えはこうだった。
「これは抽選だから私にもよくわからない。とにかく、あっちへ行け!」
僕の体はゆっくりと転回し、そのまま来た方へと進んでいく。すれ違う人々は僕に羨望の眼差しを向け、時には恨むように睨みつけたり、時にはわざと肩をぶつけたりした。
助けてくれと叫びながら僕の腕を掴んだ中年の男性がいたが、掴んだ次の瞬間に男性の腕が引き千切れ、そのまま遠のいて行った。男性は痛みを感じていないかのように、ずっとこちらへ手を伸ばし、助けを乞う。
僕は胸が痛くなり、吐き気を覚え、お漏らしした――眩しくて、まともに目を開けられない。声が聞こえる。変な臭い。全身痛くて、血の味がする。
……生きて帰った。
自殺は生きることへの冒涜。それをたくさんの人に教えるため、僕は生きることが許されたのだ。
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