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老人は柚子を抱き抱えると嘘のようにピタリと止まった。
「あ……ありがとうございます。助かりました」
「これくらいどうって事ないさ。恵美がよく泣いてあやしていたからな。ワシの名は隆成(たかなり)と言う。たかさんとでも読んでくれ」
老人は柚子を抱きながら優しく微笑んだ。その笑顔は先程の厳つい老人ではなくまるで別人のよう。
「お父さんは子供には弱いからきっと柚子ちゃんの事、凄く可愛がるわ」
飲み物を取りに行った桔梗はお盆の上にお茶の入ったコップを持って部屋に入る。
「それじゃ、名前を聞いても良いかな?」
老人は柚子を佐助に返して質問をし始めた。突然の質問をされ佐助は戸惑いながら答える。
「藤坂 佐助(ふじさか さすけ)と言います。そしてこの子は娘の柚子(ゆず)です」
「では、佐助さん。うちの工場で働かないかい?」
「え?」
「実はね、お父さんの工場が人手不足で困ってるの」
「それで君で良ければどうかと思うんだが、どうかな」
佐助は驚いた顔をした。でもこれで働き手が見つかったと思うと佐助は二人に土下座をしてお礼を言い続けた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にどうお礼を言えば良いのか」
佐助は頭を下げ続けると桔梗の父、隆成はまだ何かあるのか咳払いをして話をまた始めた。
「それと佐助さんにもう一つ聞きたいことがあるのだが。お前さんは家はあるのか?」
家があるのか?と聞かれ佐助は「えっ?」と声を漏らしてしまった。佐助は家も何もかも捨てて柚子を連れて此処まで来たから当然、家なんて無かった。
「ありません」
佐助は正直に答えた。桔梗の父は髭を弄るように触りこう答えた。
「では、うちの寮で暮らさないか? 誰も住んでおらんから近所迷惑にもならんし、前に住んでた人が家具やら置いてあるから大丈夫じゃろう」
「佐助さんで良ければどうですか?」
「ほ、本当に良いのですか?」
確認するように言う佐助は二人の方に顔を上げ驚いていた。二人は笑いながら「勿論」と答え佐助は少し涙を流しながら二人にまた頭を下げた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
桔梗と隆成は微笑むと何処からか腹の鳴る音が聞こえると佐助は顔を赤くした。
「では、ご飯にしましょ。佐助さんと柚子ちゃんも今日は泊まってください。寮は明日に案内すれば良いですし。良いでしょ、お父さん」
「そうだな。佐助さん、今日は家でゆっくりと体を休めて下さい」
「……で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
佐助は恥ずかしさと罪悪感を感じながら山崎家と共に食卓を囲んだ。桔梗は夕食を作るため台所の行き部屋に残った二人は恵美と柚子の遊び相手になっていた
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