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浜辺の唄
柄杓ですくうのは、霊峰富士から取り寄せた水。それを、手元の刀にすうっと掛けてゆく。
刀の銘は村正。真偽の程は定かではないが、切れ味は確かである。
続けて、鈍く妖しく光を湛える刀身に灘の清酒を吹き掛ける。
(あの人の好きな酒だ)
私はつい、微笑みを浮かべてしまった。
(いかんいかん、こんな事では)
雑念を振り払うように刀を一振り。
切先から清めの雫が飛散し、三和土に染みをつくる。
そこで私は大きく息を吐いた。
(気ばかり急いて困る)
外はようやく鳥がさえずり始めた時分。この刀を振るうのは夕刻だから、まだまだ優に数刻もある。
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