1.喪失(1)

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1.喪失(1)

「那奈ー、早く起きなさい」 「んー……」  階下から聞こえる母の声に、私はのっそりと目をこする。時計を見ると、もう10時前だった。そりゃあ、アラームの聞こえない私でも小さな呼び声で目が覚めるわけだ。いくら何でも寝すぎた。5時あたりまで起きていたとか、そういうわけでもないのに。ちゃんと4時には寝たはずだ、たぶん。……決して早くはないけど。あれ、でも6時間睡眠で目が覚めるのは寧ろ優秀なのでは。  なんて馬鹿なことを思いながら、着替えて朝食を食べに行く。もうお昼が近いので、適当に菓子パンを一つだけ飲み込んだ。  高校進学までの、ささやかな春休み。そんなに厳しくもない高校に進む私には、大して春課題も課されなかった。そういうわけで私は、この数日間ただただ惰眠を貪っている。暇すぎてどうしようもない。暇なら勉強しろとか言われそうだけど、平凡な中学生にそれは酷じゃないか。……で、どうしようか。 「そうだ、大掃除をしよう」  突然思い付き、最近全く片付けていない自分の部屋を思い描いた。もう何がどうなっているかも分からないほど、棚に物が積み上がっている。ついでに断捨離でもしようか。なかなかにハードな部活に入っていたせいで、年末の大掃除なんてろくにしていないのだ。今年も受験生だったので結局しなかった。  早速物を片っ端から床に広げていくと、案の定ゴミの山が出来上がる。 「めんどくさ……」  始めて早々に疲れてしまった。なんとか気持ちを奮い起たせて片付けに取りかかる。  後から後から、昔買った雑貨や貰ったメモ用紙なんかが出てくる。いつの間にか愛着が失せていることに気づいて、私はなんとなくぞっとした。  手紙や、連絡先を書いた手帳。小学校の作文。学校生活で随分大量の紙を使ったものだ。  あっという間に積み上がった紙の山に目が眩む。大好きだったもの、楽しかったこと、大切だったはずのもの全て。こうやって自分の手から零れ落ちて、二度と戻ってこない。そんな当たり前のことに打ちのめされた。……たかが掃除でこんなことを考えるのも、卒業という儀式に当てられたせいかな。  結局私は、大量の紙束をまとめてゴミ袋に詰め込んだ。ぎゅうぎゅうに押し込んで、きっちり口を結ぶ。 「お母さん、この辺のゴミ袋捨てておいて」 「うわ、結構捨てるのね。大分綺麗になったんじゃない?」 「うん、すっきりした」  私はあっさりとそう答えた。部屋に戻り、ぐるりと周りを見渡した。嫌になるほど物が減った。減らしたのは主に紙のみだけど。  無くした情報を思い出して少し悲しくなった。何より、自ら棄てていった事実が嫌だった。ついでに様々な出来事で頭が溢れそうになる。  大事なはずだったのに首が締まった。周りは何も悪くなかった。真実を呑み込んだ、馬鹿な私のせいだった。
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