画廊の安田さん

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「私、さっき叫んでた?」 拓斗は怪訝そうに瞬きをした。 「別に」 「……やっぱ、夢だったんだ」 「いや、立ったまま寝るな」 そう言われ、私は初めて寒さに身震いした。 拓斗は落ち着いた足取りで階段まで引き返し、照明のスイッチを入れて戻ってきた。 そして屈みこむと、彼にしては無遠慮に私の顔色を観察してから遠慮がちに言った。 「保健室に行こう」 「少しぼーっとしてただけだから。宮野先生のところに行くよ。ありがと」 身をひるがえそうとすると、彼がすかさず私の袖をつかんだ。 私はまじまじと拓斗の顔を見た。 いつもの拓斗なら、自分から女子に触れることはおろか、必要がない限り話しかけることすらなかったから。 「なに」 「あー。島野、進路に悩んでたよな。俺でよかったら愚痴を聞くけど」 「別に……」 私は反射的に出しかけた苦笑をあわててひっこめた。 「心配してくれてたんだ。ごめん」 素直に謝ると、拓斗は表情を消して私から離れた。 「立ち入るつもりはないんだ」 「ううん、嬉しい。ありがとう。でもやっと決まりそうだから」 私が足元の鞄を元気よく拾い上げると、拓斗は首だけこちらに向けた。 「無理してないか」 「無理してませんてば。なんか急に観念した」 「観念か」 「っていうか、決める気分になった。急に決めちゃだめかな」 「……そろそろ決めてないとやばいだろ」 「だよね」 心配顔の拓斗に、私ははにかんだ。 「指導室に行くのか」 「ん」 「じゃ。電気消して行けよ」 いつも通り素っ気ない挨拶で先に階段を降りていく拓斗の背中を見送っていると、彼が踊り場でぴたりと足を止め、振り返った。
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