画廊の安田さん

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大胆だが、夢なのだから直球勝負だ。 「だってね、眼鏡取った顔、見たかった。ずっと」 「えっと」 彼は顔を真っ赤にして固まった。 女子から人気が出そうな容姿はしていても、私が勝手に想像したほど軽い人ではなさそうだった。 それでも私は決然と立ち上がった。 こんな好都合な夢の中で、私が彼に望むことはただ一つ。 彼が眼鏡を取った顔を、ずっとずっと見たかった。 だってこの人は「木漏れ日」の彼なんだから! 「どういうつもりだよ」 彼は信じられないという顔で眼鏡を押さえた。 「だって見たいんだから」 「そっちこそどうしたんだ。変だ」 「そうでしょうよ」 「ええっ」 奇妙に思われても、断られても、この機会を逃したくない。 だって、一度きりの。 「私の夢なんだから。いいじゃない」 強引かとは思ったが、どうせ夢、夢、と自分に言い聞かせ、私は大胆に彼の顔に腕を伸ばした。 彼は眼鏡を押さえた。 「夢じゃないぞ! 起きろ! こういうのはさ」 「だって見たいのに」 「ちょ、ちょいまち」 「じゃあ見せて」 「そうじゃなくって……」 私の中の誰かが笑った。 彼は体勢を立て直して私の手を軽く払い、少し考え、それから笑みを浮かべた。 「わかった。俺、安田さんを彫るわ」 私は自分の望みにこだわるあまり、深く考えずに返事をした。 「そんなこと聞いてません。早くしないと起きちゃうじゃない。眼鏡を」 彼は一歩下がると私の顔を見た。 「そうだな。課題も詰まってるし、平面彫刻……板に彫るか。それならすぐだから」 「平面……」 彫刻の話をされ、私はようやく疑念にかられた。 これは本当に、私の夢なのだろうか。 安田さん。板に彫られた……私。 「板に……あっ!」 薄暗い画廊で、平面彫刻の安田さんが笑ったような気がした。 私は一気に思い出した。 この夢に入る前に何が起きたかを。
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